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ロビン・ロードの軽さと意志 ヴェネツィア・ビエンナーレで注目され、日本でも2005年の横浜トリエンナーレで紹介された、南アフリカ共和国出身でベルリン在住のロビン・ロードの日本初個展が、7月30日(日)まで資生堂ギャラリーにて開かれている。http://www.shiseido.co.jp/gallery/current/html/index.htm ![]() 《White Walls》 2002,Digital animation Images Courtesy of the artist and Perry Rubenstein Gallery
壁に描いたレコードプレイヤー。ヘッドホンに耳を当てると音が聴こえる。地面に描かれた自転車を子どもたちが漕ぐ。描かれたクルマのキーを開け、乗り込んでしまう。お金とさまざまなメディアを使えば、大抵のものは実際にできてしまう現在に、チョーク1本と想像力を持って歌うようにつくる。かたくなに古い素材にこだわるのでもなく、ビデオを使い、それをコマ割りして並べてアニメーションのように見せる。スティル(静止)でもグルーウ゛がある。観客が想像を働かせる(そこが観客の出番だ)余地がたくさんある。 ![]() 《Harvest》2005,Digital animation Courtesy the Artist, Tucci Russo Galeria and Perry Rubenstein Gallery
世界のどこに行ってもやれる軽やかさとスピリット。新作の映像では、種を蒔いて、光のような実をつけ、刈り取るといった一連の動きが描かれている。そこには、人の一生を重ねるような、あるいはかつてアメリカの綿花畑で強制労働させられたカラードへの祈りを思い起こさせる。そして、おそらくこの夏の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006」http://www.echigo-tsumari.jp/ で、廃校の校庭で展開するプロジェクトにもつながっているのだろう。 絵を描いたり、ものをつくってみたり、手を動かすことは、うまい下手ではなく、世界のどこに行っても力を発揮できたり、人と通じ合えたりする大きな力のひとつだ。 ![]() 《Harvest》2005,Digital animation Courtesy the Artist, Tucci Russo Galeria and Perry
Rubenstein Gallery
描く父と子。映画『胡同のひまわり』 ロビン・ロードの作品はパラパラマンガ的発想だが、この映画でも父が子に、子が好きな人に、パラパラマンガを描いていて、このシーンがとりわけ好きだった。それは映画のはじまりでもあるし、世界共通の遊びなんだろうな。 中国の若手の精鋭チャン・ヤン監督の最新作『胡同のひまわり』が7月8日からBunkamura ル・シネマで上映される。http://www.himawari-movie.com/ ![]() 失われつつある、胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの家並み。1967年生まれの向陽(シャン・ヤン)と、強制労働で手をつぶされ、画家の夢をあきらめざるを得なかった父との葛藤を軸に、中国の近代化の歴史とそれに伴う世代間のギャップなどが描かれている。 遊びも恋も父の美術教育によって阻まれる向陽。反発しながらもやはり画家になっていき、30年を経てようやく父の思いに気づく。美術一路か人生経験の豊かさか、という問題もある。ただ、自己のさまざまな欲望や世の中の風潮のなかで、自制/自生することの厳しさに気づいてほしかったのだろう。生きて行くために授かったわずかな何か、それを活かすも活かせないも自分自身。ほんとうに、わかっていても流されてしまうものなあ。(と書きながら、今回相当締め切りに遅れて自省しています) ![]() 向陽の成功作としてラストに登場するのは、中国のアーティスト、ジャン・シャオガンの絵画。トーキョーワンダーサイトにてジャン・シャオガンの個展も同時開催される。http://www.tokyo-ws.org/shibuya.html * 長らく連載を休んでおり、大変申し訳ありませんでした。その間、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006」のガイドブックを制作していました。(7月3日発売。美術出版社『美術手帖』増刊号)。こちらともども、今後ともよろしくお願いいたします。 |





