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友人にもらったリンゴをシャキシャキ食べながら書いてみる
「横浜トリエンナーレ2008」のディレクターが水沢勉氏(神奈川県立近代美術館)に決まった。残念ながら記者会見には行けなかったのだが、「shiseido art egg」http://www.shiseido.co.jp/gallery/koubo/index.htm のことで「水沢さんが審査員なんだね」という話をしていたばかりだった。手堅く収まるかもしれないが、オブリストなどアドヴァイザリー陣もユニークなので期待できる。「タイムクレバス」、時間の亀裂といったテーマも深淵な雰囲気がある。アートにおいて「時間」というテーマは古くからある問いのひとつだが、急に「時間がテーマ」と言い出す作家が増えたら要注意、かな(笑)。「ある意味落ち着きたい」という水沢ディレクターのコメントがちょっと可笑しい。ヴァイキングもいいけど、そろそろ静かに食卓につきましょうということか。 http://www.yokohamatriennale.jp/2008/index.html
時間や空間の変容。その意味では、木村友紀のマジックに陥るのは楽しい。壁には、蚤の市で買った写真や不動産の広告写真、旅先で撮った写真などが飾られている。門のようにくり抜かれ、くり抜いたかたちもスケボーを立てかけるみたいにひょいひょいっと置かれている。イメージと影。ポジとネガの関係だろうか。くり抜かれた跡がすぐに壁なので、奥へ通じているようですぐに頭をぶつけちゃいそうな薄さに翻弄される。
左から《Untitled》《Untitled》《post-disembodiment(origin)》《alter ego(door)》《Rulers on Color(white)》《oblivion》2006 プレキシグラスでつくられた影を目で通り抜けたり、緑の床のしみをたどったり。写真のレンズのような立体は、くるっくるっとレンズを合わせるような、あるいは穴のなかに落ちて行くような感じ。でも空間にパンチを効かせているのは、大きなボタンのような立体だ。
左から《August》《image and the shadow(persil! esprit! esprit! persil!)》《Iris and friend》2006 女の子たちが手に取ろうとした皿のようなものがぽろっと落ちているのもうまい。空間がはがれちゃったような。私観だけれど、向こう側に没入するというよりは、境界線で釣りをしているような気分。「取り損ねる」「掛け違える」という感覚があり、それに焦るどころか明るい気持ちになったのだった。 http://www.takaishiigallery.com/exhibition/2006/11_Yuki_Kimura/japanese.html
《Iris and friend》 前回、ささいな現象を映像に撮る(穫る)なかで神様に出会うということを書いたが、泉太郎の映像を見ていると、神様なんていないよと言われているような気がする。ネコみたいな紙袋をかぶったジーパン男が散歩をしていて、女装っぽい裏声の「そこに登って降りてみて。もっと手ぇ飛んでるみたいに」「そうそう」とかいう指令に従ってアクションするというビデオ。地面(排水溝?)を見て「そこの四角いボタンみたいなとこ押してみて」と云われたり、ガードレールやコーンを使わされてみたりする。すべて自作自演。指令はその場で録音して再生し、それを聞きながらやったようだ。何かあるようで何もない、ということの証明実験みたい。アクションの後「はい(もういいよ)」という半ば冷めた合図がある。やらせといてそれだけかい、という突き放した感じが可笑しい。どれも全部、泉太郎なんだけど。 ![]()
《トロッコ》2006 DVD 監視カメラのようなモニターを覗いているメガネ男が、映像のなかに現れた人に向かって画面を叩くと、一瞬にしてぐしゃっとつぶれ、身体は消えて服だけになるという映像作品もある。この画中の人も泉かな。間接的な暴力とスラップスティックコメディ。水族館でガラスを叩いているような他愛のなさだ。今日も「ミクシィに潜入して逮捕」なんてニュースがあったけれど、ハコの外からの暴力ってすごく奇妙だ。叩いたらそこに肉体があるというぶにゅっとした抵抗感がない、するっとした悪さになってしまうんだろうか。
《ライム湖底》 2006 DVD 台車にピンホールカメラのハコを乗せて、夜の街を行く映像もある。トレーラーの後ろに乗って壁にもたれているような気分になった。泉はアートを疑ったり、信じたりしているようにも見える。 http://www.hiromiyoshii.com/
《メイキング》2006 DVD 神様はいるようないないような。でも、何かあると信じてみると、ゲームみたいで楽しいものだ。想像力や創造力は倦怠を救い、またアウシュヴィッツでの体験を記したフランクルの「夜と霧」http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622039702のように、極限においても活力になるのだと思う。 最近の偶然 大竹伸朗展の記者会見資料にプレゼントでバッジが入っていた。ひとりひとり違う図柄。よく見えないかもしれないが、耳が描かれてある。(右上) 本は、鈴木昭男ライブで購入したパリでの展覧会カタログ。この耳のマークは鈴木さんのマーク。道路標識のように、街中のこのマークのある所に立って音を聴くというもの。 耳は足型でもある。 http://www.akiosuzuki.com/web/ よく見ると、ふたりの描く耳は内側のラインが違っている。
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