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アートを見に足を運ぶ。見ること、歩くこと、書くことで「あれってなんだったのか」をぐるぐる回して考える。「これはすばらしい!」と誰もが胸を張ってみせるけれど、いままでにない新しいものほど、ほんとはおっかなびっくりのはずだ。だから見る人の意見が大事なんだ。 美術に限らず、映画、音楽、ダンス、パフォーマンス、本など、いくつかの「動き」を並べていこう。「ほんとにそう?」とか「いや、そうかな、意外とおもしろいよ」とか自分や誰かとも話してみてください。 Yuka Sasahara Gallery オープン! 東京では、90年代初めから半ばにかけて、30代で独立してギャラリーを持つ動きがあった。オルタナティブな性格の強いレントゲン芸術研究所(現レントゲンウェルケ)が1991年、コマーシャルギャラリーの成立をめざした小山登美夫ギャラリーが1996年、ほか新しい世代のギャラリーの誕生はやはりシーンを変えたと思う。 それまで、作家はギャラリーに賃料を払って展覧会を行うことが断然多かった(その分、好きにできるため、インスタレーションが盛り上がった時期もあった)。発端となったのは、村上隆、中村政人らアーティストの野外ゲリラ的な活動「ザ・ギンブラート」(1993)からだけど、やっぱりスペースや新しいシステムが必要で、オルタナティブな活動とギャラリーは対立しているようで実は密接だ。 アートは遅いと言われているけど、10年ぐらいでドラスティックに変わっていたりもする。と同時に、いつしかそれは一部の突出となり、主流となる。だから後に続く者は、また異なる動きをつくらなくちゃならない。 レントゲンウェルケから独立した笹原友香さんが、1月14日、神楽坂にYuka Sasahara Gallery http://www.yukasasaharagallery.com/artist.htm をオープンした。オープニングを飾った「田中偉一郎展 クラシック・カラオケ」(2/18まで)は、クラシックの名曲3部作を口ずさむためのDVD映像。マイク片手に画面に合わせて「テレテレレッテッテ」などと歌ってみると楽しいけど、ぼけーっと眺めているほうが無意味な文字がタリラリ流れて「なんにもない感」がつかめるような気はした。飛行場の映像のぽっかり感はうまくいっていたように思う。 ![]() 田中偉一郎「クラシックカラオケ」 photo: Keizo Kioku
「自分自身も買いたいと思えて勧められるものを提供できるよう作品を選んで行きたいと思っています。今後は、新人の山本勝仁や、作家主導のスタジオ兼ギャラリー「ボイス・プランニング」http://www.geocities.jp/boice_planning/ の雨宮庸介、「フィリップモリス」や「アートアニュアル2004」で注目された映像作家の小瀬村真美 http://db-beam.com/mk-works/ など同世代のアーティストを中心に紹介していきます」と笹原さん。先月、清澄にオープンした「ZENSHI」http://www.zenshi.com/ などともに、次なる世代の動きをつくっていってほしい。これからは、ご近所の児玉画廊、山本現代、高橋コレクションとともにチェック! ![]() 笹原友香さん
日本ブームなのか!? 東京都現代美術館 http://www.mot-art-museum.jp/ では「No Border - 『日本画』から/『日本画』へ」(3/26まで)が、TARO NASU GALLERY http://www.taronasugallery.com/exh/ では「my cup of tea -Private Luxury」(2/18まで)が始まるなど、年明け、日本やアジア、歴史を意識したものが増えた気がする。現代美術の価値観が拡散してしまったので、足下を見つめようという流れもあるのかもしれない。一方で、“回帰現象”が起こると、保守的になったり、自分自身が気づかずにナショナリズム的な考え方をするようになっていたりするから用心もしていないと、ね。 前回も好評だったと聞くTARO NASU GALLERYと萬野美術館による現代美術と古美術のコラボレーション。長谷川等伯の後継者と思われる作者の「葛屋に雉子図屏風」を見ると、正方形の金箔がところどころ斜めにリズミカルに張られている。当時としても斬新なデザインだったそうだ。ここでは、屏風を広げずに、中心から二方に西洋の遠近法のように展示している。軸も縦に並べて展示。小粥丈晴が落ち葉と薪と屏風のインスタレーションをしたそうだ。大竹竜太の宇宙に見立てられた禾目天目茶碗(中国・南宋時代)は、下に敷いた模様が側面に映り込むのをお見逃しなく。渡辺聡の作品は、同時代にできたメルカトル図法のおもに航海用の世界地図と中国の山水画とを重ね合わせ、北半球と南半球を入れ替えたりしている。四角い口の底なし壷になるらしくておもしろい。 ![]() 展示風景。奥:「葛屋に雉子図屏風」(くずやにきじずびょうぶ)六曲一隻 長谷川派筆 江戸時代初期
![]() 手前:「禾目天目茶碗」(のぎめてんもくちゃわん)一口 建窯 中国・南宋時代を用いた大竹竜太「Wheel」。奥から、佐藤勲のネオン「HAL」の光が。
![]() 左上:佐藤勳「ORB PROTOPLASM」右:渡辺聡「方壷図」(ほうこず) これから、「日本的」なものを取り入れた作品が増えるのだろうか。創造において、伝統は遠慮なく壊さないとおもしろくない。だけど、その時代の精神とどこかで通じてないと本当にはおもしろくない。私は古美術をあまり知らないが、時間を経てそれはブットクなるけれど、最初はやっぱり冒険だったと思う。その時代に生きて、なんか借り物じゃないことをやって「どうだい?」と問うていたはずだ。インスタントな現代の日本だけ取り出すにしても、実は自分がどうにかしてでも立ってないと、共倒れになっちゃうからね。 バレエ+映像+音+オブジェ 舞台美術というのは、以前は「背景」であり「脇の引き立て役」だった。いまでは、バレエやダンスの世界では、どんどん映像や音とも手を組んでいる。それぞれがキワ立って相乗効果をもたらそうと人間もテクノロジーもアナログなオブジェもがんばっている。 バレエ・プレルジョカージュの公演。「N」「Les 4 saisons...(四季)」の2プログラムで、「四季」の舞台美術は、フランスのアーティスト、ファブリス・イベールが手がける。新国立劇場のみの公演なのでお見逃しなく! 1月31日・2月1日(Aプログラム)、2月4日・5日(Bプログラム) http://www.art-yuran.jp/2006/01/_nles_4_saisons_71d6.html ![]() 「Les 4 saisons...(四季)」
photo:L.Philippe
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