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平田五郎展「月を盗んだワタリガラス」 私は東京のハシブトガラス(crow)の多い街に住んでいる。ゴミ置き場のカラスよけネットはひとつの景色だ。ある朝、塀に止まっているカラスを警戒しながらゴミを出していたら、パーカーのフードのなかに落ち葉を入れられ、ごんぎつねかと思った。アラスカでは、ワタリガラス(raven)は世界の創造主らしい。ハシブトガラスは食糧の多い都市の留鳥で、ワタリガラスは、冬には北海道にも現れる、ユーラシア大陸と北米に分布する渡り鳥。ロンドン塔では飼育されているなど、同じカラスでもずいぶん境遇が違うものだ。 アラスカの神話では、最初、世界は果てしなく水面の広がる単調な世界で、退屈したワタリガラスが水中に泥を落として最初の陸地をつくったという。それはすぐに広がり、新しい場所を見ようと父なるワタリガラスは飛び立つ。アラスカに移住した写真家、星野道夫の本(『星野道夫の仕事4 ワタリガラスの秘密』)によれば、ワタリガラスが泉の水を飲み、空を飛ぶと雫が落ちてアラスカのいくつかの川になったのだという。アラスカとシベリアに同じようなワタリガラスの神話が残るのは、モンゴロイドがシベリアからアラスカに渡ったからではないかと、晩年の星野道夫は神話を追いかけている。 1996年「五島記念文化賞 美術新人賞研修」で平田五郎はアラスカへ行った。カヤックをつくり、アラスカの神話から空想を紡ぎ、アラスカを遡行しながら10個の彫刻をつくる。今回はその帰国報告展。カナダのクイーンシャーロット諸島から出発し、最初に、海の中道のような場所に、石を積み上げた塔のようなものをつくった。 ![]() クイーンシャーロット島 Courtesy the artist and gallery A4 写真に撮ったら崩し、もとに戻して次へと進んでいく。この彫刻をつくる旅は自分のためで、誰かに見せるためではないし、痕跡を残す必要もない。アンディ・ゴールズワージーやリチャード・ロングを思い出すが、彼らは残して自然に委ねるんじゃなかっただろうか。私は写真を見ながら、そもそも石は長い時間旅をしているのだと思った。作家の手の中で、角張ったり丸みがあったり、ひんやりしたり、土や草のついた石たちはどんな話をしたのだろう。 土を盛って小高い陸をつくったり、火を焚いた跡のような石場をつくったり。小柄な平田さんは、トークでは、熊やクジラの話のほか、忘れ物をしたり、オールを流されたり、早く終えてスタバのコーヒーが飲みたいと思ったという話をとつとつとし、くすっと笑わせていた。神話では、人間は、巨大なハマグリの中にいた丸裸の弱々しい生き物で、ワタリガラスが「議論する力」を与えたのだという。物語や音楽や造形も「語り伝える力」だ。ただし、ひとりで内面に向かい世界とつながる回路から生まれ出たものはやはり強いと思う。険しいが、その可能性は誰もが持っている。 ![]() ドライストリート Courtesy the artist and gallery A4 ![]() ル・コンティ湾 Courtesy the artist and gallery A4 一見布を巻いたように柔らかに見えたが、貝だった。DNAの螺旋構造のように、宇宙とつながっているんだろうか。崖を登って貝を運ぶ行為は古代人のようだ。これが彫刻なのかと少しだけ思うが、こういうことのような気もする。 ![]() ケープファウンショー Courtesy the artist and gallery A4 劇作家のベケットが、少年の頃、海岸で拾った石を木の枝に乗せていたという吉増剛造の話を思い出す。つくる姿を想像しつつ、最初からあったもののようにも見える。 ![]() ![]() トレーシーアーム Courtesy the artist and gallery A4 フェアウエザー山直下を最後の彫刻地点としたのは、こんな話からだった。昔、世界は暗く、老人がかくし持つ光の球を盗み出すため、ワタリガラスは杉の葉になって川の水に落ち、それを飲んだ老人の娘の体に入った。生まれた子どもは箱が見たいと泣き出し、老人が開けると中にまた箱があり、最も奥の10番目の箱の中に白く輝く球が現れると、子どもはカラスに戻って球をくわえて飛び立ち、高い山の頂から空へと掘り投げ、月となった。 会場の奥に、パラフィンワックスでできた空間がある。それは、形は違うがこれまでもつくっているもので、やはり会期後壊してしまう。「作品は誰にも所有できない」とこの作家は言う。作品が自身の手からも離れているのだ。狭い入口を猫のように入ってしばらくいたら、写真のなかの世界に、入れ子の箱のようにつながっている気がした。それは胎内のようでもあるし、心の中のようでもある。三木成夫『胎児の世界』の、内蔵の動きの中に宿るものが心だという内容を思い出す。口幅ったいようだが、作品も心のようにつかめない、つかもうとすると逃げていくものなのかもしれない。それでも、作家が場と交わした何かを人それぞれの眼で想像し、物語の枝が伸ばされるよう、写真やカヤックやワックスの彫刻などを置くことで思いを分けてくれているのだと思う。 パラフィンワックス、綿布 W:5890(w:4765) D:6215(d:4925) H:3300(h:2700)( )内は作品寸法 子どもの頃札幌に住んでいたせいか、植村直己や星野道夫の本を読み、北方に憧れる。都市生活での競争や煩わされる思いは、遠くから見ればどうでもいいことだったりする。光る氷のかけらを思い出す。 平田五郎展―月を盗んだワタリガラス INSIDE PASSAGE―RAVEN STOLE THE LIGHT 2007年4月25日(水)〜5月31日(木) GALLERY A4(エー クワッド) http://www.a-quad.jp/main.html |







