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Hirofu Iso/Komainu「Night Hopper」
泉太郎展「ゲーム台(倉)」



最近は「ザ・ベスト・オブ・マイスパレード〜ディケイド1・コレクション」http://www.p-vine.com/app.php/mo/Shop/ac/ProductDetail/id/6297
をよく聴いている。日本のファン投票をもとにした日本独自のベスト盤だ。音楽シーンには、海外に発信すればそこここで支持者が集まり、大メジャーでなくとも活動していける土壌がある。海外のバンドを日本のリスナーが見出した例も以前からある。アートでも、大きなマーケットや専門的な批評もちろん必要だが、国内外問わずオーディエンスからの支持で引っ張り上げられるアーティストが出てくるといい」。ギャラリーのなかにスペースを2つ設け、ひとつをトライアルな展示にしているものなどは特に口コミやブログでの盛り上がりがあるといいなと思う。

6月にミヅマ・アクションで開催されていたKomainu 改めHirofu Isoの個展「Night Hopper」は、なかなか面白いよという声が聞こえた展覧会だった。型破りに見えてアーティストというイメージにはまっている感じも若干したけれど、旅先や日々のなかで脳裏にひっかかった出来事を再構築していて興味が湧いた。会場に入ると、一か所だけ雨が降っているような空間に出くわした。しかしそれは天雲ではなく、エメット・ゴーウィンの写真を思い出すような誘蛾灯だった。




《Days in Nights》 (c) Hirofu ISO / Komainu Courtesy Mizuma Art Gallery


部分 (c) Hirofu ISO / Komainu Courtesy Mizuma Art Gallery


虫は標本を集めてペイントしたもので、一匹だけコウモリもいる。なかに入るとゾクッとする感じもあるが、静かで案外落ち着く。光と羽ばたきの、上昇とも下降ともとれる線がドローイングのように、数種の太さのチェーンで表されている。田舎の自動販売機でも見かける光景でもあるが、本来は月や星の光を頼りに飛ぶ昆虫たちが、人工灯によって進路を惑わされているわけで(渡り鳥への電磁波妨害もまた然り)、「そのこと自体はショックなんだけど、でも昆虫たちも人間の光を認識するようになって、この境界線も遠のいていくのではないか」と作家は言う。人間より歴史の長い植物や昆虫には、なにか別の認識のプロセスを持っているはず。彼は「境界線は接点であり、場でもあり出来事でもある」と言っているが、つまり昼と夜、自然と人工、自己と他者などといった対立・対置的に思われていた概念は、2つの領域に分断あるいは隔絶されているのではなく、融点でもあるし、それぞれが持つ空間は絶えず接して動いているということかと思う。




《Land》lambda print


もうひとつ、作家自身が履き続けたスニーカーの靴底をコピー機にのせてコピーし、等身大に拡大した作品もある。それは無意識にできた線でもあり、地形のようでもある。無意識の領域への旅は、まさに闇夜の散歩のようだ。



《wwhheerne》


ほっつき歩いて清澄公園を通り抜け、隅田川近くの倉庫の階段を上がったら、薄暗いがれきのなかで誰かが一人遊びをしているような空間に出くわした。ヒロミヨシイが新たに設けたスペースで開催中の泉太郎の個展。



手前:《シューティングスター》奥:《ゲーム台》
《ゲーム台》より


ポケットからバラまかれた小銭を拾う動作を繰り返した《シューティングスター》、コラージュを施した背景だけを撮影し、壁に張り付けたドローイングの人物がそのなかを歩いていくように見える《ゲーム台》。ムリムリな場面もあるが、うまくいっている場面もあり、(例えば絵画の)着地できたりできなかったりという過程のようにも見える。長新太の絵本『ゴムあたまぽんたろう』のように立つ姿勢以外で弾むのもありかと思ったけれど。アナログなRPGでもあり、今回は全体に、映像における層や内側と外側についてさまざまな方法でアプローチしている。



《のどぼとけ》


声で擬音を付けられると、その音は映像の内側から発せられているのか、外側から実況しているのかという距離感が変わる。シューシューといいながら、レンズに張り付けたゾウのペン先が部屋の絡まった電源コードをたどるように撮影された《のどぼとけ》。泉が紙を動かし、ペンを持った猿の人形がドローイングを描く《毛の字》。この無意識のドローイングのような2作が特に面白かった。猿でも描けるドローイングは、はからずも毒っぽさを持っており(しかも自ギャグ的?)、ねらっていたわけではないのにそうなってしまった感じで、作品自身が戸惑いを持っていて可笑しい。



《毛の字》


個展は制作現場にもなってきていて、テレビ画面の前に瓶を置いてそのなかを泉太郎が泳いでいる作品など、会場の外側にも漏れ出してきている。空間はすっきりしていて、決して牙城(我城)のようにはなっていない。泉の作品はいつもバリケードでも部屋でもなく、そこに人が遊ぶように関わることで、さまざまな導線が生まれ、空気が動く。と同時に映像単体でも楽しめるようになっている。今回はギャラリーから与えられた空間らしいのだが、泉の作品はもう汚く狭い空間を欲しているわけではないのかもしれない。作家はイメージから逃げるものだし、うまく逃げられるように書きたいと(その意味では、美術手帖4月号の「マイクロ・ポップ」特集で泉太郎について書いた原稿はうまくいってないところがある)最近は思うようになってきた。


ところで、7月28日から映画『天然コケッコー』http://www.tenkoke.com/ が公開される。『どんてん生活』『ばかのハコ船』『リアリズムの宿』(ほかDVDいろいろ)など、冴えない人物と抜けない物語の山下敦弘監督が、『リンダリンダリンダ』で素直に感動する青春映画を撮り(結果的にロングラン)、『松ヶ根乱射事件』を挟んで、再び青春映画を手がける。この人の振り幅と、映画を撮りながら(そういうことか。あ、ちょっと進歩したなあ)と思ってそうな力の抜けたスタンスは、いろいろ考えているけど構えがなくていいなあと思う。


Hirofu Iso/komainu展
2007年6月6日(水)〜7月7日(土)
ミヅマ・アクション
http://mizuma-art.co.jp/_archive/200706_komainu_j.html

泉太郎展「ゲーム台(倉)」
2007年6月23日(土)〜7月31日(火)
ヒロミヨシイBuro 013(エレベーターに向かって左端の階段を上がる)
http://www.hiromiyoshii.com/
江東区清澄1−3−2
TEL.03(5620)0555



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