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菅木志雄のアクティヴェイション(行為)って? 小山登美夫ギャラリー http://www.tomiokoyamagallery.com/ にて3月26日まで菅木志雄の個展が開かれている。初日の2月18日(土)午後4時から約1時間、「アクティヴェイション(行為、パフォーマンス)」が公開で行われた。 ![]() ![]() ![]() 2月18日のパフォーマンス 段ボールケースを持って現れ、中から透明のアクリル板を出して壁に立てる。水の入ったバケツに小石を落とし、小枝で水をとって紙に落とす。ちぎった紙を浮かべ、紙も小枝も入れたまま、バケツを赤いビニールテープでふさぐ。後ろを振り返り、アクリル板に青いビニールテープを貼っていく。段ボールを少し曲がった直方体にし、テープを巻き付ける。テープはピタッと終わる。箱をかぶり壁の隅へ、アクリル板を掲げて壁の隅へ。この作品はいま、壁の隅に展示されている。直方体の上の水を吸った紙が雪山のように波打っている。 菅木志雄は、70年代から80年代を席巻した「もの派」をいまも牽引する作家だ。ものとものとの間隔のずれや高低差、重なりなどを見ると、空気の流れが変わっていることが感じられる。宙吊りの石と石が張りつめている。 ![]() 展示風景。左回りに「停止から静止」「静止へ」「対応」(すべて2006) 空気の流れのようなものをコントロールしているので、観客はちょっと緊張して集中して見る必要がある。でも何か感得できれば、それはドラゴンボールで一段ステージが上がったようなうれしさもある。 東京画廊 http://www.tokyo-gallery.com/tokyo/ でも同時開催。 ちなみに、東京画廊は北京にも画廊がある。 http://www.tokyo-gallery.com/index_e.html?file=2 ではさまざまなアーティストが見られます。 小金沢健人のスタディ 一方、菅がこうした行為に明け暮れていた70年代に小金沢健人は生まれた。その彼の映像作品が、vol.2 http://www.loaps.com/art+index.id+4.htm で紹介した「アートと話す/アートを話す」に出ている。 ビデオは3台あり、アーティスト(小金沢)1人、アーティストと建築家の2人、アーティストとキュレーターとギャラリストの3人でインスタレーションを延々行っている。3人編は、ダイムラー・クライスラーの車の工場で、残りは美術館で非公開。 ![]() ![]() 「studies」(2001) 小金沢はいつも勝手にやっているように見えるけれど、作品にはさまざまなアートの遺伝子が見てとれる。もちろんもの派でもないけれど、インスタレーションって、勝手にものを並べてるだけなんじゃないの? という半分疑いもあって、自分でやってみている。この頃(2001年)、その場にあるものを使ってなんらかの秩序をつくるというやりかたを試す作家が多かったようだ。おそらくその誰とも違って、小金沢は動きのなかでつくっている。 1人編を見ると、つくっては立ち去ってものだけの空間にしてみて、また戻って来てはつくりかえている。小金沢の動きは、魔法のランプから出る煙のように流線型だ。あるいは球技のリズム。 この後の作品では、パフォーマーを不自由にさせて、観客は動いてもけっこう、というパフォーマンスをやっちゃった。 http://www.art-yuran.jp/2004/02/blind_date_.html 小金沢の作品は、ゆるりとしてピリッとして毒も効いている。 チェルフィッチュも出る「ポストメインストリーム」 さて、ズレながらお送りしている最後は、パフォーミングアーツのフェス「Postmainstream」を紹介。イギリスからティム・エッチェルス、カナダからPME、日本はチェルフィッチュ、http://chelfitsch.net/ 最後はOPTRUMやドラびでおなどのライブがある。 ![]() チェルフィッチュ「3月の5日間」
日常のしゃべりや身振りがキモチ悪いほど自然に再現されていながら眼が離せないチェルフィッチュの舞台はおもしろい。劇作と演出の岡田利規は1973年生まれ。この前の「目的地」は、セリフも動きもぐるぐる取り巻いて、ぽっかりした穴を空けていた。「日本のいま」であるために、数年後見ても新鮮かどうかが気になるが、駒場アゴラ劇場を出て、電車のホームの大学生の会話がすべて舞台に聞こえるという怪気現象が起こった。サンガツのライブもあります。 詳細・チケット予約はこちら。 http://precog-jp.net/ |







