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鬼頭健吾の、つかみ得ない空間 トーキョーワンダーサイト渋谷 http://www.tokyo-ws.org/shibuya.html の展示室のなかに、狭い螺旋階段を上がったロフトのような空間がある、現在ここに、色輪ゴムを巣づくりのようにつなげて張り巡らせた鬼頭健吾のインスタレーションが展示されている(4月12日まで)。両端を引っ張ったテグスが白い空間に透けて、色鉛筆かラッションペンで引いたような線が浮かび上がっている。色につられて一歩踏み込み、引っ掛けそうになった。つまり、観客はそこにある空間には入れず、遠く焦点が合わないままに眺めることになる。 ![]() 「the structure of color」
©Riichi Yamaguchi 最近活躍が目立つ1977年生まれの鬼頭は、日用品を使った、連環系/循環系ともいえるような構造を持つインスタレーションを展開している。フラフープの輪っかを何重か吊るしたり、あるいはぐにゃりぐにゃりとつないで張り巡らしたり、複数のシャンプーボトルや空き瓶をチューブでつないだり。中心はないが、拡散していながらも物体はつながっている。光の具合、つまり時間帯によっても見え方が変わりそうだ。晴れなのに、色のついた雨が降ってるみたい。 谷山恭子の、響き合う空間 VOID +(ヴォイド・プラス)http://www.voidplus.jp/ は、天井の低い3坪ほどのホワイトキューブ。そこに何もなくても密度のある空間なので、小さいといっても却って簡単ではない。これを、谷山恭子は空間まるごと作品として変質させることに成功している。4月15日まで開かれている「谷山恭子展−ECHO」の話だ。 ![]() 「ECHO」
黄色やブルーやピンクの線や帯状の面で空間を分割し、呼応させたシンプルで鮮やかな手口。入り口から眺めてキマッているので、中に入っちゃいけないような気もするが、足を踏み入れてみると、パンチカーペットやアクリル板といった表面の質感の違いに目が留る。それとして用を成さない水道管が竹のように天と地をつなぐ。花のような栓口に目が留る。奥の角を占めるブルーのかまぼこのようなかたちが、空間を四角ではない妙なかたちに広げ、あるいは不思議な窪みになっている。 ![]() ドアの外の階段に座って、外の通りの景色といっしょに眺めてもおもしろい。中に吸い込まれていくような観客の服や靴などの色やかたち、動きも、空間に作用する。通常なら管理人室に使われているような部屋が、実用的な意味や目的を背負わずに生き返っている。開放的な明るい意志をもった空間になった。 ![]() チェコアニメ映画祭2006 7月に公開にされる予定の中国映画「胡同のひまわり」でも出て来るが、ノートに描くパラパラマンガというのは、ほとんど万国共通の遊びの智恵なのではないかという気がする。コミュニケーションに困ったり、かの人の気を引きたかったりしたときには、歌か絵か料理なんじゃないかな。 この「チェコアニメ映画祭2006」 http://www32.ocn.ne.jp/~rencom/cesk06/06TOP.htm は、スメタナ、パレチェク、ラダなど、美術=デザイナーに焦点を当てて選ばれているのが特徴だ。なかでも、パヴラートヴァーの「反復」は、犬の散歩、男と女が交差して…というどこにでもある物語を繰り返しリズミカルに描いた毒気のある作品で、風刺的な内容よりも、それこそパラパラマンガ的でおもしろい。 ![]() 「反復」
監督・美術:ミハエラ・パヴラートヴァー もうひとつ、ヨゼフ・チャペックが絵を手がけた「郵便屋さんの話」がオススメだ。郵便配達員のコルババが、1年間世界を巡り、宛先のない恋文を届けようとする話。郵便局の妖精たち(リトルな郵便仙人?)が、おでこに郵便を当てて、どの郵便がいい内容かを当てるゲームを行うシーンにはじんとくる。こういうのは、その場のアイデア勝負ではなくて、基盤となる作り手の豊かさを表すものだと思う。 ![]() 「郵便屋さんの話」
監督:エドゥアルト・ホフマン 美術:ヨゼフ・チャペック(原画) プログラムのなかにはちょっとステレオタイプかなと思う教訓的な物語もあるが、それぞれ独自性を持った色や線の動きは見ていて楽しい。 |






