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大森俊克

ドクメンタ12 レポート (1/2)




5年に一度のアートの祭典「ドクメンタ」が、先日ドイツのカッセル市でオープニングを迎えました。9月23日までの開催、第12回目となる今回。テーマは、「モダンとは、私たちにとっての古代か」、「ありのままの生活とは何か」、そして「何をするべきか」。いずれも少し漠然とした印象を与えますが、これには理由があるようです。今回総指揮を務めるロゲル・マルティン・ブリュゲルは、主催者側との最終面接で、取りあげたいアーティストの名前を挙げなかったそうです。プレスのインタビューでは、「作品が何を意味するかなんて、わからない。それは観客が決める事」と答えています。前回の政治性・学問性のたかいキュレーションに懸念を示したコミッショナーの意図が反映された、一般に分かりやすく、あくまで物事を考えるきっかけとしての開放性―これが、ドクメンタ12の特長です。

今回の方向性の変化に、主要メディアからはすでに批判的な声もあがっているようです。しかし、展覧会の意味はまさに一人一人が決める、このブリュゲルの考えに沿えば、なんらかの意味は見つかるはずです。それでは急ぎ足になりますが、ブリュゲルの提起したテーマに沿って、展示作品のいくつかを紹介していきたいと思います。

今回、建築物としてもメインとなる「アウエ・パビリオン」からツアーをスタートする人も多いようですが、ここでは、歴史も深く何といっても交通の便が一番よい、「フリーデリヒアヌム美術館」から。



今回大きな特長となるのが、女性作家の多さ、そして21世紀ではなく、過去50年の間に制作された、やや地味ともいえる作品の多さ。1階の西翼に設置されたCosima de Boninのインスタレーションは、近作・大作でありながらも最近の市場中心主義のアートシーンから身を引くような、布の丁寧なマチエールとアーティストの控えめな機知が光る、目玉の一つとなっています。ブラジル人女性作家Iole de Freitasの硬質な流線型のインスタレーションは屋内から建物の外壁へとダイナミックに広がり、ポストモダン建築の流行を思わせながら、消耗品となりつつある現代建築の可変性、そしてそこに住まう現代人の身体性との、アンビバレントな関係を照らし出します(Freitasがダンサーである事も、興味深い事実です)。



死後にわかにその評価が高まり、近年にはニューヨークのP.S.1でも個展が開かれた、Lee Lozanoの油絵。抽象とも機械のメタリックな表面の具象ともつかない、オキーフを彷彿とさせる不思議な艶やかさが魅力です。ミニマル絵画の全盛期のようなモダニズムの表舞台には上がらず、埋もれていた表現性にもう一度スポットを当てるのが、今回の大きなテーマとなっているようです。



「フリーデリヒアヌム」の一番の目抜きとなっているのが、Trisha Brownの70年代の伝説的舞台、「Floor of the Forest」です。ラウシェンバーグ、(ローリー)アンダーソンなど、現代美術との関わりも深いBrownによる、衣服が編み込まれた、クモの巣のような舞台芸術。ゆっくりとそれらに袖を通しながら移動をつづけるダンサーは、1時間に1回「目を覚まし」、パフォーマンスをおこないます。21世紀アートの特長の一つとなった、若者のグランジ的な表現、古着をつかった環境的なインスタレーションの先駆けといえるでしょう。私たちはそこで、ブリュゲルのいう「ありのままの生活」の意味を、考えさせられます。



こちらはドクメンタにも常連となった、オーストリア人作家Peter Friedlの映像作品。「虎かライオンか?」というタイトルのその作品、一見してもその真意は伝わりません。実はFriedl、何ページも資料がつくれるほど長たらしい社会や歴史についてのコンセプトを、シンプルに表現する変わり者。コンセプトの過剰が「ナンセンス」にたどりつくさまを、無垢な動物の姿によってシニカルに示すのです。これも前回のドクメンタへの、ブリュゲルからの辛辣なコメントでしょうか?



目立たない階段の突き当たりに、パウル・クレーの「新しい天使」のコピーをみつけました。ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンが持っていた小品です。ベンヤミンはこの天使を、「歴史の天使」とよびました。「彼は顔を過去の方へ向けている。私たちの眼には出来事の連鎖が立ち現れてくるところに、彼はただひとつの破局だけを見るのだ。(−)楽園から嵐が吹きつけていて、それが彼の翼にはらまれ、あまりの激しさに天使はもはや翼を閉じることができない。この嵐が彼を、背を向けている未来の方へ引き留めがたく押し流してゆく…」「楽園」を夢みる人間のはてしない欲望、資本主義の高度化によってモダンは、さまざまな問題をはらんだままポストモダンへと流されていきました。過去、つまり「古代」へと顔を向けたこの天使像は、今回のドクメンタの意義を象徴する、最たるものでしょう。



道路を隔て、ほぼ隣にある「ドクメンタ・ホール」へと移りましょう。前回では、ドキュメンタリーの手法による政治色の濃い表現が集められていたゾーンです。今回数少ない、ダイレクトに時事的な政治を扱った作品の一つ、Inigo Manglano-Ovalleの「Phantom Track」は、イラク戦争がはじまるきっかけとなったという生物兵器の実験トラックを再現したもの。暗闇のなか無機質にたたずむ姿からは、兵器テクノロジーと資本経済の不気味な共犯性が伝わってくるようです。



ボスニア出身Maja Bajevicは、宗教と現代社会に生きる人間の意識とのうめがたい断絶・コントラストを、一つの台詞のなかに表しています。「私は教会に行って女性をレイプする」「他人と同じことを行なえない者は死ぬべき、それが神の意志」。何気ない日常の風景のなか、一人の女性によって発せられるこれらのショッキングな台詞は、モダンが覆い隠そうとしてきた文化的・宗教的、性的差異に対して今私たちがどうあるべきか、つまりブリュゲルの第3のテーマ「何をするべきか」を、強く問いかけています。





(大森俊克)

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