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妖精
安藤忠雄設計の表参道ヒルズに初めて立ち寄った。その内部の特徴的な螺旋形スロープの真下にあるホールで、昔懐かしいLPジャケットを見た。1970年代から制作されてきたレコードやCDのジャケットのデザインを集めた「ミュージックグラフィティ展」が開かれていたのだ。会場中央にあるX字型の机に置かれていたのは、現在活躍しているグラフィック・デザイナーの手がけた最近のジャケットの数々。音源のデジタル化にともない、いずれ消滅するかもしれないジャケットが、デザイナーごとに括られて、彼らの特徴が余計に目立つようになっていた。そのなかで、エンライトメント、葛西薫、grovisions、生意気、TOMATOが気に入った。これらのデザインにまったく違和感をもたないのは、東京という都市に、このようなデザインが溢れかえっているからだろう。われわれの生活で、その表面を操作するデザインの必要性はますます高まっている。……展覧会からの帰り、私は地上に出るエレベーターのなかで〈妖精〉と出会った。
神戸の六甲アイランドは、JR・住吉駅から六甲ライナーに乗り換えて橋を渡ったところにある。1970年代に開始された埋立地である六甲アイランドは、1995年の震災のさい被害を蒙ったが、今は傷跡も癒えた。その人工的な環境の中心(アイランドセンター駅)に立つビルの一角に、1997年に開館した神戸ファッション美術館はある。ビルの周囲を見回すとまだ空き地が広がっていて、開発者がホームページで謳うほど理想の都市には近づいていないようだが、ここには新しい街づくりに欠かせない美術館が、ファッション美術館を含めて3つある。そこで、数多くの常設展示の織物や衣服とともに、「島根県立石見美術館コレクション展ーウォルトから森英恵、そしてデュフィー」を鑑賞した。画家デュフィのテキスタイル・デザインの素朴な大らかさもよかったが、歴史を遡って陳列された服飾のデザインでは、クリストバル・バレンシアガの衣装が一番印象的だった。
これがきっかけとなって、ぼくはファッション関係の映像を見ることになった。『ザ・ストーリー・オブ・ファッション/ココ・シャネル』(エイラ・ハーション、1990年)と『イヴ・サンローラン』(ジェローム・ド・ミソルツ、1994年)の2つのドキュメンタリーである。前者では、生涯仕事と愛に生きたシャネルの、「愛されるために身だしなみを整える。いつ運命的な出会いがあるかもしれないから。」という言葉が心に残った。後者は、映画としても思がけない掘出物で、眠りのなかの子供のようと評するマルグリット・デュラスの言葉に始まり、贅を尽くした生活環境(サンローランの私邸)のなかを、彼のドレスをまとったモデルたちが、妖精のごとく優雅に舞う。しかし、その映像のこの上ない美しさよりも、サンローラン本人とジャンヌ・モローのナレーションのほうに注意が引きつけられた。それは、彼の独白とモローのハスキーボイスが放つ成熟した大人の魅力である。フランス映画に出てきてもおかしくない若き日の美貌のサンローランが、まず演劇に魅せられて衣装を作るようになり、ファッションの世界に入って大成功を収める。映像のなかでは、流行が利益をもたらすと冷静に分析したり、「モードの世界は空っぽ」とか「90年代に生気はない。砂漠のように空虚」と切り捨てたり、随所にモードに対する彼の考えが散りばめられていて興味深かった。
マリオ・モッタ設計のワタリウム美術館で、「ブルーノ・タウト展」を鑑賞。タウトの『アルプス建築』に認められる高邁な精神と、ドイツから逃れてきて日本で作った工芸品に見られる繊細なテクニックに感銘を受けた。その後、六本木のmagicalのオープニングに出席。私が密かに応援するアーティストの出品した二人展で、やはり妖精の目を持つこのアーティストは、世界の悲惨を涙のような細かいドットで覆い尽くして、現実の不条理をわれわれに提示する。その眼差しはメランコリックだが、あくまでも優しい。
翌日私は、鎌倉のとある邸宅に展示されたChristian Holstad、Ryan Schaefer、Claude Wamplerのサイトスペシックなインスタレーションを鑑賞した。今は不在の彼らが残したかくれんぼのような影の作品を見て回った後、友人たちと別れ、鎌倉の海岸を散策して陽がとっぷりと暮れるまで海を眺めていた。幾重にも寄せては返す波と辺りを包む夕闇が織り成す世界が、私を誘っていた……。
前回と同じくヴィデオから、映画界きってのリアリストにして革命家、ケン・ローチの新作『麦の穂をゆらす風』(2006年)。いつもながら物語の緊張感溢れる筋を小気味よいテンポで描き出し、観る者をぐいぐいと引き込んでいく。過去にアイルランドの独立を扱った映画としてニール・ジョーダンの『マイケル・コリンズ』(1996年)があるが、その主人公が独立の英雄だったのに対して、ローチは、一般市民と農民の武装蜂起の模様を取り上げ、人間、他者、正義の問題を抉り出して深い熟考を迫る。
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