LOOKERS INTERVIEW No.005 (1/2)

岡田聡氏
精神科医、現代美術コレクター。アーティストのサポートにも積極的で、展覧会のキュレーションや、清澄白河にアートイベントスペースMAGIC ROOM?を運営。また、市原研太郎氏・後藤繁雄氏・ヒロ杉山氏・吉井仁実氏と共にアートルームmagicalを共同運営も行っている。
マジカル アートルーム
http://www.magical-artroom.com/
LOAPS:もともと岡田さんがアートをコレクションし始めたキッカケをお教えいただけますか?
直接的なきっかけではないのですが、もともと僕は画家志望みたいなところがあって小さい頃はすごく絵を描くのが好きだったんですよ。同時に精神世界にも非常に興味を持ってまして、小さい頃「大人になったら何になりたいの?」って聞かれたら精神関係の仕事か画家かって言ってたんですよ。
結局、生業として精神医学の方にいっちゃったんだけど、やっぱりアートがなければ自分が枯れちゃうみたいなところがありました。
最初は小学校高学年の頃だけど、いわゆる巨匠、それこそシャガールから広重まで模写するのが趣味でした。変な子供だよね。中学になった頃にシュールレアリスムに出会い、そーゆうものがあるって知った時、初めて自分の中の絵描きになりたいという気持ちと無意識、精神世界みたいなものが繋がって、ますます美術に惹かれていきました。
そこからマルセル・デュシャンにいって、どんどん現代美術の方に流れていきました。その後80年代に大学に通い始めた頃に丁度ニューペインティングが流行っていました。それまで大好きだったシュールレアリスムや、ポップアートも所詮過去の事、それに比べてニューペインティングはリアルタイム、別にニューヨークにいたわけではないんだけれど、「あっ!コレだ!」みたいな感じでしたね。
(※)シュナベール、(※)バスキア、(※)キースヘリング、(※)サーレだとかが大活躍していて、もうこれしかないみたいな気持ちが強くなったね。
当時はお金がないから画集を買ったりしてたんだけれども、最初にコレクションしたのはシュナベールの大きなポスター。それは今でも大切に持っていますね。
それで大学に通いながら「美学校」という美術の専門学校みたいな所に通ったんです。そこの先生が赤瀬川原平だったんですよ。で、赤瀬川さんから日本の前衛みたいなものを聞かされまして、それまでは、洋物信仰みたいなものがあったんだけど、日本人の作家も世界に先んじていろいろやってるじゃんって思いましたね。
勿論、アイドルとしてシュナベールとかはいるんだけど、日本の若い作家だと実際に会ったり出来るじゃないですか、それから日本の作家にも興味が出てきて最初はポスター、プリント、その後ペインティングなんかを買うようになって今に至るんです。
結局、生業として精神医学の方にいっちゃったんだけど、やっぱりアートがなければ自分が枯れちゃうみたいなところがありました。
最初は小学校高学年の頃だけど、いわゆる巨匠、それこそシャガールから広重まで模写するのが趣味でした。変な子供だよね。中学になった頃にシュールレアリスムに出会い、そーゆうものがあるって知った時、初めて自分の中の絵描きになりたいという気持ちと無意識、精神世界みたいなものが繋がって、ますます美術に惹かれていきました。
そこからマルセル・デュシャンにいって、どんどん現代美術の方に流れていきました。その後80年代に大学に通い始めた頃に丁度ニューペインティングが流行っていました。それまで大好きだったシュールレアリスムや、ポップアートも所詮過去の事、それに比べてニューペインティングはリアルタイム、別にニューヨークにいたわけではないんだけれど、「あっ!コレだ!」みたいな感じでしたね。
(※)シュナベール、(※)バスキア、(※)キースヘリング、(※)サーレだとかが大活躍していて、もうこれしかないみたいな気持ちが強くなったね。
当時はお金がないから画集を買ったりしてたんだけれども、最初にコレクションしたのはシュナベールの大きなポスター。それは今でも大切に持っていますね。
それで大学に通いながら「美学校」という美術の専門学校みたいな所に通ったんです。そこの先生が赤瀬川原平だったんですよ。で、赤瀬川さんから日本の前衛みたいなものを聞かされまして、それまでは、洋物信仰みたいなものがあったんだけど、日本人の作家も世界に先んじていろいろやってるじゃんって思いましたね。
勿論、アイドルとしてシュナベールとかはいるんだけど、日本の若い作家だと実際に会ったり出来るじゃないですか、それから日本の作家にも興味が出てきて最初はポスター、プリント、その後ペインティングなんかを買うようになって今に至るんです。
LOAPS:普通の人はアートを見に行ったり好きだっていう人は多いと思うのですが、ポスターとかポストカード止まりで、買うっていうところまでいくのはハードルが高いと思うんです。実際はハードルは高くなくてハンドバックを買うより全然安かったりするのですが、それを踏み越えられて実際買ったキッカケってなんだったんですか?
さっきから言っているように僕は画家にもなりたかったっていうのがあったんですが、両方を両立していくのはなかなか難しいわけです。まー才能の問題もあるし。買おうと思うのは要するに、自分がもし画家だったらこういう絵を描いていただろう、こういう絵を描きたかっただろう、というのがあって自分の代わりにやってくれてる人に、応援とかカンパみたいな気持ちで買うわけです。アーティスト達と気持ちは同じつもりなんですよ。
今流行らない言葉だけど「画家と共に戦う」じゃないけど、共闘してるような気持ちで買ってるんで、作品もちろん大切にしてるんだけど、作品そのものが大切というよりは、その作家を応援してるということが大事であり重要なことなんで、正直その応援の領収書みたいな感じで作品が残るんです。
その作家との精神的な関係とか、あるいは会った事ない作家でも作品を通じて応援してるみたいな、自分の代わりにやってるくれてるんだ、カンパしなきゃいけないみたいな強迫観念ですよね。僕はそういう感じなんですよ。
だから、素敵なお花の絵があってそれを部屋に飾りたいなということではなくて、お花の絵はどうでもよくて、お花の絵を描いてくれた奴を応援しなければ僕としてはいつも言ってることが嘘になってしまうだろうみたいな、そういう強迫観念、それが僕の場合は買ってるモチベーションの一番大きいところですよね。
今流行らない言葉だけど「画家と共に戦う」じゃないけど、共闘してるような気持ちで買ってるんで、作品もちろん大切にしてるんだけど、作品そのものが大切というよりは、その作家を応援してるということが大事であり重要なことなんで、正直その応援の領収書みたいな感じで作品が残るんです。
その作家との精神的な関係とか、あるいは会った事ない作家でも作品を通じて応援してるみたいな、自分の代わりにやってるくれてるんだ、カンパしなきゃいけないみたいな強迫観念ですよね。僕はそういう感じなんですよ。
だから、素敵なお花の絵があってそれを部屋に飾りたいなということではなくて、お花の絵はどうでもよくて、お花の絵を描いてくれた奴を応援しなければ僕としてはいつも言ってることが嘘になってしまうだろうみたいな、そういう強迫観念、それが僕の場合は買ってるモチベーションの一番大きいところですよね。
注)シュナベール:ジュリアン・シュナーベル(Julian Schnebel ) 1951年生まれ。皿を張り付けた絵で一躍有名になる。80年代のNYアートシーンの中心的アーティストの一人。97年には映画監督として「バスキア」を制作。
注)バスキア:ジャン・ミッシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat) 1960年生まれ。スプレーを使ったグラフィティ・アートで有名になった。1983年にはアンディ・ウォーホールと知り合い、作品を共同制作するようにもなる。1988年、薬物依存により27歳で死去。
注)キース・ヘリング:(Keith Haring)1958年生まれ。ストリートアートの先駆者とも呼べる画家で、80年代アメリカの代表的芸術家。1990年、31歳の若さでAIDSにより死亡した。
注)サーレ:ディヴィッド・サーレ(David Salle) 1952年生まれ。ニューヨーク在住。80年代アート・シーンの代名詞でもあるニューペインティングの騎手。
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