LOOKERS INTERVIEW

SPECIAL INTERVIEW

LOOKERS INTERVIEW No.010 



hiromi yoshii 代表 吉井仁実氏

印象派、近代美術を扱う銀座吉井画廊を経て、2001年、六本木コンプレックスビルにて現代美術ギャラリーhiromi yoshii、HIROMI YOSHII EDITIONを設立。主に9.11以降の国内外のアーティストを取り扱う。2005年11月にギャラリーを清澄白河に移転、その規模を拡張している。また、2005年に現代美術ギャラリーT&G ARTSのディレクターに就任、2006年には六本木コンプレックスビルにてヒロ杉山氏、後藤繁雄氏、市原研太郎氏、岡田聡氏と共にアートスペースMAGICALを設立するなど、その積極的な活動から目が離せない。
ヒロミ ヨシイ
http://www.hiromiyoshii.com/

LOAPS:吉井さんはLOAPS発起メンバーの一人ですが、どのような思いでLOAPSを立ち上げたのでしょうか?

そもそものきっかけは、クリエイティブな才能を活かす職業に就いていないアーティストが非常に多い事実に気付いたことです。六本木コンプレックスにギャラリーを持っていた頃や、GEISAIのスカウト審査委員を務めていた頃など、「作品を見て欲しい」というアーティストが非常に多かったんですね。彼らの多くは、ビルの清掃やコンビニでのアルバイトなどで生計を立てていましたが、その状況に対してなんとか力になれないか、と思っていました。
彼らは、現代美術のギャラリーでの発表というスタイルでなくても、様々なクリエイティブなジャンルでその才能を活かせる魅力を持っている人たちなんです。しかしその魅力を発揮できていない。そうした状況を打破すること、つまり、クリエイター達の才能を活かし、なおかつ仕事のチャンスを紹介出来る場を作るにはどうすればいいか、ということを常に考えていました。そんな時、同じ思いを持っているメンバーと話し合った結果、このサイト開設に至ったのです。
そして、アートという領域だけでなく、様々なジャンルの第一線で活躍している方々に声をかけていきました。結果として素晴しいLOOKERの方々に集まっていただけることになり、その存在により、LOAPSを通して様々な出会いも生まれているようです。また、多くのメールを戴くなど、予想以上の手ごたえを感じています。

LOAPS:ギャラリストになった理由と現在の活動について教えてください。

父が銀座で近代美術や印象派を扱うギャラリーと、山梨、広島にある美術館を運営しているという事もあり、幼い頃から美術は空気のように身近にある存在でした。決定的だったのは、進路を迷っていた16,7歳の頃、NYでレオ・キャステリ(※)というアートディーラーに会ったことです。言葉はよく分からなかったのですが、レオの持つ空気や雰囲気にとても憧れ、将来は自分もアーティストと共に成長して、アーティストを育てていくギャラリーをやろうと意を決しました。
その後、アメリカのギャラリーや父親のギャラリーで勉強した後、HIROMI YOSHII EDITIONをつくり、尊敬している杉本博司さんの作品をはじめ、森万里子さん、リグリット・ティラバーニャ(※)などのアーティストと共に作品を作っていきました。
また、2001年に六本木コンプレックスビルがオープンした際に、その1階にギャラリーhiromi yoshiiをオープンさせ、2005年にT&G ARTSディレクターに就任、hiromi yoshiiを清澄白河に移転しました。そしてギャラリーのあった六本木コンプレックスビルのスペースには、岡田聡氏(アートコレクター)、後藤繁雄氏(クリエイティブ・ディレクター)、ヒロ杉山氏(アーティスト・エンライトメント)、市原研太郎氏(美術評論家)と私で、更なる若手の発表の場としてアートスペースMAGICALを共同でオープンさせました。 また、同時に海外の様々なアートフェアにも積極的に参加しています。
LOAPS:16,7歳という若さでレオ・キャステリという伝説的なアートディーラーと会ったわけですが、初めて会った時の印象はどうでしたか?

最初のイメージでは、アンディー・ウォーホル、ジャスパー・ジョーンズ(※)、ロイ・リキテンシュタイン(※)、ロバート・ラウシェンバーグ(※)、などのトップスターがみんなレオのギャラリーに所属していて、非常にアクティブな人を想像していました。しかし実際に会ってみると、非常に物腰が柔らく、心から全てのアーティストを尊敬している素敵なジェントルマンでした。真っ白のミーティングルームに一点だけ浮世絵が飾られていたのが非常に印象的でした。

LOAPS:海外のアートフェアにも積極的に参加されていますが、海外での日本の若手アーティストに対する反応はいかがですか?

海外では日本の若手アーティストのみを発表していますが、非常に反応がよく、実際にビジネスにもなっています。そんな中で、NYのジュフリー・ダイチという高名なギャラリストがhiromi yoshii所属のアーティスト達に共感されたのがきっかけで、私のキュレーションによる日本人若手アーティストの展覧会を彼のギャラリー、 Deitch Projectsでこの夏に開催しました。この展覧会は非常に大きな反響を呼び話題になりました。
LOAPS:今後、どのようなアーティストが世界的に望まれているのでしょうか?

それを考える上で、9・11はやはり非常に大きな出来事だったと思います。その他にもスマトラ沖地震などの天災、そして戦争など、希望を持ちづらく先の見えにくい時代にあると思います。だからそこ、そんな暗い時代の中にありながらも、自分なりの世界観をアーティストとして提示できるような人が望まれているのではないでしょうか。
90年代のアートに通低する特徴としては、プライベートなテーマだったり、日本のアーティストだったら、カワイイとか、マンガだったりしたわけですが、その後に来るような世界観が求められているのでは、と感じています。
LOAPS:既にそのような次世代のアーティストの時代が来ているのでしょうか?

欧米では既にそういった芽が出てきていますし、日本でも新しい時代を創る可能性を秘めたアーティスト達が育ってきています。私はそういった「このアーティストだったら時代を変えられる!」と思えるアーティストと共に世界に挑戦していきたいと思っています。
LOAPS:hiromi yoshiiに所属されている榎本耕一さんの作品は、美術手帖の表紙(2006年8月号)にもなっていますが、彼とはどのように出会ったのですか?

彼は、ギャラリーをオープンして間もない頃に開催した市原研太郎氏キュレーションのグループ展「After the Reality」の出展作家でした。それが始まりです。才能を感じて、「一緒にやってみないか?」と声をかけたら、彼自身もアーティストとしてやっていきたいという思いが強く、その後、「アルバイトを辞めたので吉井さん、お願いします」と連絡がありました。それからはいろいろとお薦めの作品や展覧会を紹介したり、海外で発表していく機会を作っていきました。
LOAPS:吉井さんに作品を見てもらいたい人はどのようにすればよいのでしょうか?

基本的には、前もってギャラリーに電話かメールをしてもらった上で、毎週土曜日の午後にアポイントメントのあったアーティストに会うようにしています。またポートフォリオを郵送する人は、何かメッセージを入れておいてくれるとコンタクトがとりやすいですね。
それと、LOAPSの方は必ず新作をチェックしていますし、興味のあるアーティストには自分からメールしたりもしています。
最後に、LOAPSに登録しているアーティストに何かアドバイスはありますか?

まず、恥ずかしがらずに自分を出して欲しいですね。直接的な形じゃなくてもいいのですが、中途半端な形ではなく、いろいろな事に挑戦していって欲しいと思います。



注)レオ・キャステリ:ニューヨークのアート界を代表するレオ・キャステリ・ギャラリーの元オーナー。60年代を通して、リキテンシュタイン、ウォーホルを紹介、ポップ・アートの隆盛に多大な功績を果たした。1999年に他界。

注)リクリット・ティラバーニャ:1961年アルゼンチン生まれのタイ人アーティスト。自身の遊牧民的体験を元に、異文化への適応を作品のテーマとする。画廊や美術館で、パッタイ(タイ風焼そば)やタイカレーを料理し、観客にサービスするパフォーマンスが有名。

注)ジャスパー・ジョーンズ:1930年アメリカ生まれの戦後アメリカ美術を代表する画家。星条旗や標的、数字といった極めて日常的かつ2次元的なイメージの絵画で知られる。芸術/非芸術の枠組みの崩壊を目的とした彼の活動はネオ・ダダと呼ばれ、後のポップ・アートの始祖とも言われている。

注)ロイ・リキテンシュタイン:1922年アメリカ生まれ。ウォーホルと並び、60年代ポップ・アートを代表する画家。コミックの印刷イメージとそれを構成する原色のドットを引用、拡大した作品はあまりに有名。後にその方法論を用い、モネなど過去の巨匠の作品を再解釈した。

注)ロバート・ラウシェンバーグ:1925年アメリカ生まれ。J・ジョーンズとともにネオ・ダダを牽引した作家。大量消費社会から生まれた日常的な事物を寄せ集め、絵画と組み合わせる彼の方法論を、自ら「コンバイン・ペインティング」と命名した。






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