LOOKERS INTERVIEW No.013(2/2)
LOAPS:現在、価値基準がはっきりしない似たようなものが氾濫している中で、後藤さんがされているのは、人を惹き付ける力を発掘していくという作業ですが、例えば、若手のアーティストやクリエリターはどうすれば才能を発掘してもらえるとお考えですか?
それは凄いものを作るしかないでしょう。ぐっと来るものをね。
僕らは偉い学者や頭のいい人が言っていることは一応目を通しています。経済学や人類学など、様々な分野から世の中を動かす価値観には目を通すわけです。でも、書かれてしまったものを読むと、同じ様に考えることができるわけです。そうすると既に書かれていることは本当は大したものではない、と言うと怒られるけど、そういうことだと思います。だから、それよりももっと凄いと思わなければ駄目だって事になる。つまり、自分の中に水準、ある種のバーを作っておくわけです。それ以上にぐっと来るとか、驚きがあるとか、これは知らないとか、まずガンと来るかですよ。それが凄いものを作るということです。
才能の発掘といえば、アートフェアーや展覧会になぜ足を運ぶかというと、見落としがあるかないかの訓練なんです。僕はコレクターではないので、お金を出して作品を買わないけれども、良いか悪いという見落としはしたくない。他に無いもの、独特のものを探していますから、差別化しているもの、その力が生成されている事の確信を得たいんです。千本ノックですね。
LOAPS:先程おっしゃられた差別化という部分ですが、アーティスト自身が、他人と差別化するには、どうすれば一番良いでしょうか?
本当は、初期衝動のようなものが大きければそれで押し切れるという場合もあります。例えば大竹伸朗のように。僕は彼と同世代ですが、本当に偉大なアーティストです。でも彼は、30年間イライラしつづけた。そうかといって戦略だけでやると、広告やマーケティングと同じことになるわけです。ところで先日、友人と面白い話をしまして、日本人写真家の作品は、どうして写真の起源とか、写真とは何か、という根源的なものを作品化したものが多いのだろう、と。欧米だと、もうちょっと社会の中で様々なモチーフを探しながらそれをアートにしていくことを集中するのに、これほど起源を作品化しようとする国はあまり無いだろうって話になったんです。これは非常に面白い指摘で、つまり、起源は何かということになると、表面上はドローイングであったり、写真であったりするけれど、基本はコンセプチュアルアートなんです。頭脳プレーということになるんです。これが今のアートの基本になっている。
頭脳プレーには二つの側面があって、過去においてどういうイメージが歴史の中で作られてきたか、そしてそれをいかに知っているということになります。それをふまえて頭脳プレーが初めて成立する。それは垂直軸、水平軸の両方あるわけです。「アメリカにはどんな奴がいるのか?どんな事をやっているのか?例えば18世紀にはこういう奴がいたから、19世紀、20世紀はどうだ?」とかね。アートもまたつくられたイメージの歴史なわけです。その中で価値が生成されている。だから本当は、アート作品を制作する人たちも、40年から70年くらいの間での芸術の、例えるなら垂直的な歴史です、そこはやっぱり知っておいた方がいいと思います。特に日本社会は、非常に乱反射の強度が高いわけです。僕は写真やデザインの分野の審査もやっていますが、TDC(*)の審査員も務めさせてもらっています。アートディレクターや商業アートディレクターばかりで編集者は僕だけなんです。
社会のニーズやイメージの流れにおいて、広告やグラフィックというものは、コンテンポラリーアートとは違う形で凄く移行のスピードが速い。つまり、そういう比較もできるから、どういったイメージの強度が今、社会の中で求められているのか、という見方ができるんです。普通だったら写真を写真の業界で比較している。でもそれでは駄目なわけです。写真対自動車、写真対戦争、写真対食べ物という具合になって、初めて社会の中でぐっと来る感覚が分かる。デザインとコンテンポラリーを比較したり、ダンスとドローイングを比較したり、そういう事が無いと駄目です。ですからアーティストたちもそういう意識が必要です。自分のライバルは絵画ではなくて戦争だと思っても良いかもしれない。お金だと思っても良いかもしれませんし、セックスかも思っても良いかもしれない。そういうイメージの快楽の強度が世の中に蔓延している。それがアーティストの狙うべき的なんです。そういう考え方を学校では教えない。上手い絵の書き方を教えるけれども、どういう価値系体の生み方に勝ち目があるかは教えないわけですよ。そこが問題です。
LOAPS:実際にアートプロデュースについて教えてらっしゃいますが、価値系体の作り方、そのプロセスに関する学生たちの反応はいかがでしょう?
京都造形芸大ASP学科で、僕以外のメインのプロフェッサーは、福のり子(*)が鑑賞者教育、つまり美術を素材にして何が考えられるかという訓練を教え、市原研太郎が理論面を担当しています。私はどちらかというとシステムです。戦略的なことや、例えば1つの空間に価値体系を付けるための企画力についてです。アートゾーンというギャラリーで一年中学生に展覧会を企画してもらったりもしています。その企画で勝ち目はあるのか、お客はどうなっているんだ、というきわめて実戦的な訓練をやっています。
LOAPS:アーティストとしてのセルフブランディング的なことなのでしょうか?
それはもはや不可欠なことでしょう。プロディース過剰だとアーティストが死んでしまいます。今、そんなに強い生命体っていません。だからディレクションの形式も変わってきていて、1つの文法では駄目なんです。例えば、アドバイスをささやいてみたり、本人が気付くようにテーブルに置いて離れてみるとか、そうかと思ったら急に言うとか、そういったやり方じゃないと駄目だと思います。
LOAPS:後藤さんはアートフェアーや展覧会、数多くのものをご覧になっておりますが、ここ最近で注目の展覧会などありましたでしょうか。
ワシントンDCで観た葛飾北斎の展覧会は面白かったです。やっぱり世界級のデモニッシュでしたね。はっきり言えば、力です。消費のされ方は、マーケットの中での消費と、時間の中での消費という2種類あるのですが、その消費に勝つ力ってどうやって出ているのか、という点に非常に関心があるのです。例えば、ゲルハルト・リヒター(*)の作品はリヒターだけの展覧会では凄いけれども、50年代から70年代のアメリカの抽象表現主義の一番良い作品と一緒に並べると負けるんです。どこから力が出ているのか、どのくらいの力なのか、そういう視点でアートを見るのは面白いですよ。
去年、ロンドンでダイアン・アーバス(*)、ジェフ・ウォール(*)、荒木経惟の3人の展覧会が同時期に行われていたのですが、一度に3つ見たのが面白かった。例えば、ダイアン・アーバスの展覧会タイトルはRevelationsー暴露といいますが、そのタイトルによって、「何かを隠している」ということがよく分かるんです。キュレーターはしたたかだから様々な仕掛けによって展覧会にある種の価値基準を与えるわけじゃないですか。つまり、暴露という視点でこの展覧会の構造を見ろと言っているんです。それと荒木を比較して見ていると、アーバスがいかに倫理のワクをつくっているかが分かる。とても考えさせられた。
LOAPS:あと、9.11後の時代が変わってきて、新しいジェネレーションのアーティストがどんどん出てきているのが現状だと思うのですが、今後どのようなアーティストが世の中に必要とされるとお思いでしょうか?
もちろん心理学的であったり、ニューコンセプチュアルであったり、様々な症候は指摘できる。でも結局は、やっぱり驚かせないと駄目でしょう。既存の価値観を変える力の無いものに存在意味はないわけですから。あと、圧倒的な大きな才能の出現は期待しますけどなかなかないです。そうでない場合は、微妙な所から崩していくしかないので、才能を見落とさないようにするしかありませんし、僕はそれをやっているわけです。例えばライアン・マッギンリー(*)という写真家がいますよね。先日、年末に出る『エスクァイア』の写真特集号のために、ライアンにロバート・フランク(*)のポートレートを撮ってもらったのですが、2人の価値基準が違うからケンカになるんです。ライアンが、ロバート・フランクという20世紀の神話に対して失礼な撮り方をするからなんです。撮影の了承を得ないまま撮り始めるし、フランクが撮るなと言ってもライアンはどんどん撮るんです。後でライアンに聞くと、「撮影してもいいですかなんて、絶対に言いたくないんだ。失礼だと言われても撮る。数を撮って、微妙な中からどれをチョイスするかが写真だと思うから」と言うわけ。ライアンは、ある種の、例えばカルティエ・ブレッソンなんかが言っていた、決定的瞬間が価値系体の力を高めるという神話を否定したいわけです。ビデオ・アートで言えば、ビル・ヴィオラと一緒です。パッションという感情の高まりの微妙なところ、グレーゾーンを明確にすることをやっている訳ですね。ライアンはそれを写真でやっている。ある意味、彼はストリート出身の人だから、無礼な態度は天然だと思うかもしれませんが、それは大間違いで、立派な確信犯です。僕はそういうしたたかさがある奴は必ず成功するという確信があります。ライアンのような、頭脳のくっついたピラニアみたいな奴がのし上がってくるんです。非常にしなやかな魚ですよ。そういうアーティストがいっぱい出てくるのではないかと思いますね。
LOAPS:そういうピラニアのようなアーティストが活躍する時代が来ると?
そうですね。野蛮と頭脳プレイ。大きな初期衝動の人か、現代アートが成立したり、価値系体として勝ち目がどうこうという部分を戦略的によく分かっている人は、安心して推せますし、くっついていこうと思います。
昨日、中島英樹(*)というアートディレクターとggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で二人のトークショーがあったのですが、彼はアブストラクト(抽象)の方向に行っているわけです。彼はニューヨークADC(*)で8回も金賞を取っているのですが、なおかつまた挑戦をしている。彼とずっと仕事してきて良かったと凄く思いました。変わっていこうとしているからです。変わっていこうとしているのに力がある奴は必ず世界征服するわけです。僕らはそういう才能に同伴し、本や雑誌を含めたクリエイティブな場をつくり出すのが仕事ですから、才能をきょろきょろと捜しているわけです。

LOAPS:六本木でmagical, ARTROOMの運営に携われておられますけれども、今後magicalではどんな若いアーティストを推していきたいと考えておられますか?
やっぱり全て商業に絡めとられないアーティストです。だからある種の逸脱がないとつまらない。最初から器の中に入っているような人は器より成長しませんから。器からちょっと出ていないと駄目なんです。逸脱という価値観がない限り時代は作れないと思います
LOASP:後藤さんに作品を見てもらうにはどうすればいいのでしょう?
出会いです。運良く出会うしかない、と思います。
LOASP:たとえばマジカルに作品ファイルを送って後藤さんに見て頂くということはできるでしょうか?
できると思います。ですから、僕はそういう偶然性と言うか同時発生的なものを信じていますから、会わなきゃいけない人は必ず会えると思います。僕はそうしています。もちろんオーディションなどの審査も沢山やっていますが、例えば、宇津ゆみこという今度magicalでやる写真家がいますけれども、たまたま私が審査した展覧会でグランプリを取ったんです。これは最終兵器だと思いましたから、ほかの審査員が、がたがた言っても、自分が良いと思った奴は審査が終わってからも面倒を見ようと思っているのです。そこの考え方が違うんです。僕は審査で終わらなくて、審査の時に発見して、そこから自分で推せるかどうかの基準で考えていくから、面倒を見るんです。そう思って腹をくくってやってやっています。
LOASP:LOAPSのアーティストに一言メッセージをお願いします。
上手に作るより、違ったことをしてほしい。
LOASP:最後に、突拍子な質問になりますが、後藤さんにとってアートとはなんでしょう?
アートは問いです。社会に出された問いなんです。決して答えではないんです。
注注)TDC:東京タイプディレクターズクラブ http://www.tdctokyo.org/index_j.html
注)福のり子:京都造形大学の芸術表現・アートプロデュース学科教授。16年間ニューヨークでインディペンデント・キュレーターとして活躍。キース・ヘリング、パティー・スミス、荒木経惟などの多数の展覧会を企画。
注)ゲルハルト・リヒター:アーティスト。1932年ドイツ(ドレスデン)生まれ。現在、最も重要なアーティストの1人。新聞などの写真を大きくキャンバスに描き写し、全体をぼかすフォト・ペインティング、キャンバス全体を灰色の絵具で塗りこめたグレイ・ペインティング、様々な色を折り込んだアブストラクト・ペインティングなど、多様な表現で現代資本主義の現実を描く。
注)ダイアン・アーバス:写真家。1923年アメリカ(ニューヨーク)生まれ、1971年没。現代写真において、ポートレート写真の意味を変革したことで知られる。ファッション写真家としてキャリアを開始し、その後、芸術写真に転向して奇形者や精神病患者など撮った写真で世界的に知られるようになった。
注)ジェフ・ウォール:1946年カナダ生まれ。非常に高い技術と、緻密な計画によって撮った写真作品を、ライトボックスによる展示で見せる。映画の一場面のような光景や、何気ないように見える風景などが主なモチーフ。
注)ライアン・マッギンリー:写真家。1977年アメリカ(ニュー・ジャージー)生まれ。ニューヨークに生きる若者の日常を淡く繊細に撮影する。グラフィティ・ライター達と親交が深いなど、ストリート・カルチャーに関わっていることでも知られる。
注)ロバート・フランク:写真家。1924年、スイス(チュ−リッヒ)生まれ。戦後、ニューヨークに移住。1955年には、2年を費やしてアメリカ全国を回り、市民生活をとらえ、その写真集によって一躍有名になった。“カメラの詩人”と呼ばれる。
注)中島英樹:アート・ディレクター、グラフィック・デザイナー。ロッキング・オンを経て、1995年中島デザイン設立。1999年より坂本龍一、後藤繁雄、空里香とのユニット「code」に参加。編集、ファッション、広告、パッケージデザインなど、幅広い分野で活躍。
注)ニューヨークADC:世界中の広告から優れた作品を選ぶThe Art Directors Clubの通称。1920年の設立以来、世界の広告界をリードしている。
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| 長谷川祐子(キュレーター) |
| 篠山紀信x月船さらら「FREE」 |
| 未来美術家 遠藤一郎 |
| 白井良邦氏(Casa BRUTUS副編集長) |

