篠山紀信x月船さらら「FREE」 (1/2)

写真家 篠山紀信氏
日本を代表する写真家。学生時代から頭角を現し、40年以上、日本の写真業界のトップとしてリードし続け、常に新鮮な技法と感覚で話題に富んだ作品を発表し続けている。主な作品に「篠山紀信の世界」「女形・玉三郎」「坂東玉三郎」「家」「パリ」など多数。
http://www.shinoyamakishin.jp/sk/index.html

女優 月船さらら氏
宝塚歌劇団月組で男役スターとして約10年間活躍後、2005年に引退、女優に転身、映画や舞台で新しい表現活動開始。06年には蜷川美花監督「さくらん」にて昼顔役を始め、08年、天願大介監督「世界で一番美しい夜」にヒロインとして出演。
http://www.beautiful-night.net/
篠山紀信x月船さらら
「FREE」
2008年7月19日(土)〜2008年8月12日(火)
〜僕から私へ、私から俺へ。魂と肉体の両性を彷徨する自由。〜
T&G ARTS
http://www.t-g-arts.com/modules/contents/
写真集「FREE」
http://www.shinoyamakishin.jp/top/2008/06/post_14.html
「FREE」
2008年7月19日(土)〜2008年8月12日(火)
〜僕から私へ、私から俺へ。魂と肉体の両性を彷徨する自由。〜
T&G ARTS
http://www.t-g-arts.com/modules/contents/
写真集「FREE」
http://www.shinoyamakishin.jp/top/2008/06/post_14.html
篠山:T&Gアーツで展覧会をやるのは、これで5回目なんだよね。一回目は高岡早紀、二回目はクライハダカ、3回目はAKB48、小島加奈子が四回目で、今度は月船さららの「FREE」。表現方法もモデルのキャラクターも全く違うんですよね。僕は、ギャラリーでやるっていうのはT&Gアーツが初めてだったわけです。
吉井:はい。
篠山:私の場合、デパートのようなもっと商業性の高いところだったり、美術館みたいなところに呼ばれてやるっていうのはあったんですけど、ギャラリーでやるのは初めてだったんです。T&Gアーツでやるっていうのは、吉井さんが清澄でやっているギャラリーと、日本橋三越の特売場の隣でやるのとちょうど中間みたいなものですね。基本的に六本木は地元だし、すごくギャラリーの空間がきれいなんですね。六本木っていうと、いま森美術館があったり、サントリー美術館があったり、新国立美術館があったり、ちょっとアート繁華街みたいな感じのなかでやるのはすごくいいなっていうのがまずありました。それから、僕の写真が、アートとして、現代美術の文脈のなかに入るっていうのとも違うし、全くエンターテインメントっていうのともちがうし、そういう作品の内容的なものからいってもちょうどT&Gアーツっていう場所がいいんですよね。それでこういうふうに何回か連続的にやらしてもらったということですね。
吉井:私としては全5回の展覧会に関わらせて頂いて、今回の月船さららさんの「FREE」は、先生の集大成というような、本当にいいところが出ている気がするんですね。今回のテーマは後でお聞きしたいと思うんですけど、時空、性別、あるいは年齢も超えているように僕は思うんですけど、先生特有の、いろんなシーンに飛んでいって、時空を超えたような篠山紀信ならではの世界がこのなかに凝縮されていると感じるんですよね。まず初めに、この「FREE」というタイトルですが、月船さんをモデルに選ばれた先生の思いは何でしょうか。
篠山:ひとりの人間のなかには、男性も女性性をもっているし、女性も男性性をもっているわけで、両性具有的なものが渦巻いているわけですよ。そういう人間のなかに埋まっている両性性っていうものを引っ張り出して、男にも女にも、女のなかでも全く異なる女性性に、いろいろ自由に飛んでいけたらいいな、そういう意味で「FREE」っていうタイトルにしたんですけどね。ただ写真の場合には、じゃあ男の格好をすればそういう風なものが写るかっていうと、そういうことでもないと思うんですよね。そこにちょうど月船さららさんという人がいたんですね。宝塚に入って10年ですか?
月船:はい。
篠山:しかも男役をやっていたわけですね。かなり嘱望されていて、普通は10年くらい宝塚にいると非常に辞めにくいんですよ。かなり人気もあるし、いいところまできていたわけで、あとしばらく経ったらトップになるかっていうところです。宝塚っていうのは男役が完全なスターなんですね。そのトップになるっていうのは最高の栄誉で、宝塚に入った意味っていうのはそこで掴めるんだけど、それよりもまた違うものを求めて宝塚を退団されたんですね。僕は、宝塚が出している「宝塚GRAPH」っていう本の表紙とグラビアをもう10年以上もやっているんですね。だから宝塚っていうのはよく観ていたんですが、宝塚GRAPHの仕事にはだいたいトップから三番目くらいまでの人しか来ないんです。彼女はすれすれでそこに入らなかった。だから10年以上やっているけど、舞台の彼女を見てただけで、写真を撮ったことは全くないんです。だから今度の写真集は初セッションなんです。舞台を観てるときに、なかなか彼女はチャーミングだなと、撮ってみたいなという気はあったんですね。それで、たまたま彼女が退団すると聞いて、ずいぶん大胆なことをするなというふうに思っていたんです。そしたら偶然にある所で会ったんですよ。それで、ぜひ僕はあなたのことを撮りたいと思っていたんだけど、撮らしてもらえないかと。それで彼女は、写真を撮るのはいいんだけど、どうせ裸でしょみたいなことを言うんですね。もちろん裸もあるし服もあるし、何でもあると思うって。ただ、ちょうどそのときに今村昌平さんの息子の天願大介監督が「世界で一番美しい夜」っていう映画のヒロインを月船さんに決めちゃってたんですね。その映画でも役柄上、裸になるところがあるわけです。映画でも脱ぐわ、写真でも脱ぐわ、しかも僕のやつは両性具有ということからいうと、また男の格好をしなくちゃいけない。せっかく私は宝塚を辞めて、自由にこれから女優をやろうとしているときに、なんでまた男みたいなことやらなくちゃいけないのかという、ようするに二つの難関があって、すぐにいいよっていう返事が来なかったんですね。それで、僕は辛抱強く待っていたんです。ただ、いま日本の映画っていうのは、作っても本数が多くて上映する回数がすごく少ないんですよ。制作本数に対して映画館が少なくて。それでずっともう1年近く?
月船:映画は1年半待ちました。
篠山:撮影が終わって、1年半も上映がなかったわけね。そら見ろ、そんな映画撮ったって、上映されないなら関係ないよと。だから僕の写真集を先に出しましょうと。でも、僕が言葉で言っても、どうせ彼女は分からないでしょうってことでね。だから一度、一日でいいからテスト撮影をしましょうよと。それで、どこへ発表するとかじゃなくて、一回僕が思っていることを写真で見た方が分かりやすいからって言って、写真を撮ったんです。それを見せた。そしたら彼女はすっごくそれを気に入って、即座に事務所の社長のところに持って行って、写真集を出したいと言ったんです。そしたら、社長もそうだ俺が思っていたのはこういうことだって言って、すぐOKになって。それからトントン拍子に撮影がはじまったんです。でも、それまでの間は1年以上の長い時間がかかっている。なにか僕が言っていることに間違いがあれば、どうぞご指摘下さい。
月船:とても素晴らしかったです。(笑)
吉井:篠山先生からそういうふうにモデルのお誘いがあって、どういう心境だったか、まずお聞きしたいと思います。
月船:そうですね。篠山さんに撮りたいと言われるのはものすごく嬉しいことですし、私もぜひ撮ってほしかったんです。ただ、裸になることと、やっぱり、男になることにすごく抵抗があったんですね。でも、そのお誘い頂いてる期間のなかで、いろんなお話を聞かせてもらってると、篠山さんのお話しされる内容が、映画のことに対しても、音楽のことでも芝居のことでも、いつも面白かったんです。突然、今この時期に篠山さんと写真が撮りたいって思ったのが去年の暮れぐらいですね。男と女の行き来って言われても、元宝塚で男もできるからっていうことだけになってしまったらすごく嫌だし、それ以上のことを表現できる自信もなかったんです。でも、じゃあ一日だけって言われてやってみると、それが単にポーズとしての男とか女じゃなくて、もっと複雑なものが実際に表れていたんです。たとえば女の格好をしていてもどこかに男っぽいものが出てたり、男の格好をしていても何か女性の寂しいものが出てたり、ちょっと一見男女と割り切れないものが出ていたんです。それで私は、ものすごいものを写し出されてしまったという感覚になって、社長に即申し出たという感じです。

篠山:その抵抗っていうのは本当によく分かるんです。宝塚的なものっていうのはなかなか抜けないですしね。男役10年っていうんですけど、10年くらい修業していかないと本当の男役にならないんですよね。座っていても足は平気で開くから、男役は絶対スカートなんか履いちゃいけませんし、とにかく脚を見せちゃいけないんですよ。それから、胸が膨らんでちゃいけないんで、胸をぐーっと押し付ける厚いブラジャーみたいなものをしてみたり、いろんなことをして男を作るわけですね。髪型もそうだよね?
月船:髪型もずっと短くないといけないですし、リーゼントっていうものを習得するためにものすごい年月がかかる。
篠山:だから、せっかく宝塚を辞めて女優になるとき、そういうものを全部捨て去りたいときに、「またそんなもの」っていうような抵抗は、よく分かるんです。ただ、僕が言ったのは、宝塚の男役をやってくれということではないんです。宝塚の男役っていうの、男がいないから男をやり、しかも現実にはいないような格好いい男をやっているわけです。だから、宝塚の男役っていうのは男の理想像であって、現実にあんな男はいないんですよね。それをやってくれって言ってるんじゃなくて、さっき言ったように、人間のなかにある男性性と女性性みたいなことをやる。それを表現するためには、やっぱりその宝塚で男役をやっていた経験っていうのは、とても有効性を持つんです。宝塚の男をやってくれっていうわけじゃないけれども、宝塚の男役を10年やったことは写真の表現としては非常に有効性があるから、だからやってくれっていうこと、それは嘘じゃないんですよ。そういうことを言ってですね、やっと納得してもらったんです。 吉井:僕が写真集を見るからには、男役とか、女性が男性になるっていうことではなくて、さららさん自身の、もしくは女性や人間のアイデンティティーにせまるような雰囲気を感じたんですよ。人間っていうのは、いろんな経験を通して、変わっていったりしますよね。ときには女性的になったり男性的になったり。それを一冊の写真集で表現していると強く感じたので、男女というよりもアイデンティティーに迫るというようなコンセプトを先生はお持ちだったと思うんですけど、いかがですか。
篠山:人間が生きているっていうことの不思議さだよね。

篠山:そのことが、ひとりの月船さららという人を通して、この一冊の本になったわけで、非常に面白い本ですよね。こういうものってなかったような気がするんですよ。
吉井:僕は宝塚についてはあまり知識がないんですけども、さららさんが過去に男役をやっていたとか、今回もそういうのを引きずっていたとかいうことは全く感じなくて、センチメンタルを感じさせずに人間のアイデンティティーに迫っていくような表現ができるのは、まさに篠山先生と、モデルであるさららさんだったからじゃないかと思うんですよね。もうひとつこの写真集のなかで、ストーリーがいろいろ変わっていくわけですよね。今までの展覧会や写真集のお手伝いをしていて、高岡早紀さんの場合は時間をテーマに、クライハダカは先生のもつ明るい部分と暗い部分を象徴的に扱い、それほどストーリーがいろいろと変わっていくというわけではなかった。AKBの場合はひとつのプロジェクトとして、また別物だったんですけど。
篠山:エンターテイメントの面白さだよね。
吉井:それから、小島加奈子さんの場合は先生がロマンチックな物語を作っていった。しかし、今回の「FREE」は、先生の集大成みたいなものがこのなかに隠れているんじゃないかと思うんですが。
篠山:集大成っていわれるとね、これで終わっちゃうんで抵抗があるんだけど(笑)、まあデビュー作って言って頂けると嬉しいんですが。
月船:おー!(拍手)
篠山:これを機に、全く新しい私が誕生するかも。
吉井:それから、篠山先生にお聞きしたいのは、月船さらら、ないしは人間のアイデンティティーに迫っていく上で、効果としてシーンが様々に変わっていくっていうのは最初からお考えにあったのか、それとも撮っていくうちにいろいろアイデアが出てきたのか。例えばバーやもんじゃ焼き屋、はたまた山手線の線路沿いですとか、つぎつぎとシーンが変わっていったのは、計画的だったのかそれとも偶発的なアイデアなのか、ちょっとお聞きしたいんですが。
篠山:もう全然偶発的ですね。その人間のなかにあるアイデンティティーを撮りたいっていうことになるとですね、そんなストーリーを一個作ったんじゃ撮れないわけだよね。
吉井:迫力がなくなる。
篠山:そうそうそう。一応はこういう場所で撮ろうとか、こんなスタイリングで撮ろうとかってことは考えますが、その場所に行ったときの、お天道様の具合だとか、彼女の体調だとか、それから僕のいろんな思いとかが複雑に絡まって、その時にパンとひらめくんですよね。それがいちばん写真的な行為だと思うんですよ。だから、だんだん収斂していかないで、どんどん拡散していっちゃうんだよね。

吉井:なるほど。
篠山:人間の中にはいろんなものがあるんだから、一面をどんどん深く追っていけば、何かが出てくるってことじゃないの。拡散することによって、逆にひとつのイメージが出てくるっていうことに気がつくわけですよね。写真集のなかには墓場の写真なんかあるけど、突然彼女が「私、墓場で撮りたい」とかって言うんですよ。
月船:(笑)
篠山:それはおもしろいねって。それから、もんじゃ焼きのシーンは、たまたまバーの撮影をしたところが、浅草の横山町だったんですけど、そこのバーを経営している人が、隣にもんじゃ焼き屋をやってたわけよ。それじゃ、晩飯も食わなくちゃいけないから、もんじゃ焼きでも食おうよって話になって。もんじゃ焼きを食べているときも撮って、もんじゃ焼きの二階で着替えをしましょうって言って二階に上がったら、これがもう、食器だとか電話とか冷蔵庫だとか、いろんなものが散乱している変な空間だったんですよ。そこも面白いなって思って、裸になんなよって言って。そういう風にどんどん発展していっちゃうわけ。
吉井:なるほど。

篠山:墓場も、あれは谷中の墓地なんですけど、バーのシーンを撮っていた横山町から一番近いのが上野の谷中の墓地だから、そこに行こうっていう話でね。とにかく本当に自由に、どんどんアイデアを広げていって撮った写真なんですよ。イメージが決まりそうだなっていうとばらけて、突然水の中に入っている写真が出てききたり、もんじゃ焼きが出てきたり、それこそばらばらですしね。そのばらばらの感じが人間の中にあるいろんな要素を表現している感じで、僕自身あんまりこういう作り方をしたことがないですね。
吉井:まさしくそれが、月船さららさんの内面にある複雑な心境だったり、先生の創作する源泉にふれるような部分じゃないかと思うんですね。風景の変わり方も、先ほどもんじゃ焼き屋の二階にいろんなものがあるっていうのは、今の社会の象徴みたいな感じもします。情報が多すぎるこの社会のなかで、あのモデルとなった月船さんは、イデオロギーの孤児になったような寂しさがあります。しかし、次のシーンでは、もっと華やかなトーンに変わったり、プールのシーンが出てきたりと、今の社会のスピードと情報の多さを象徴しているようなストーリー展開じゃないかと思うんですよね。それは、先生と月船さんのコラボレーションという言い方をしていいかどうか分からないですけれど、お互いが触発して、ここがいいんじゃないかとか、ここはこう撮ってみたいとか選んでいくっていうのは・・・。アート作品って言葉は、先生はお嫌かもしれませんが。
篠山:いやいや、嫌いじゃないですよ(笑)

LOAPS:この作品は、アートと言える作品じゃないかというふうに思うんですよね。
篠山:そうですね、まあ、いわゆるタレント本とかヌードの写真集とかっていうのは、何となく分かりやすいんだけど、これはある種の知的な想像力を見る側がもっていないと、分からないというか、面白くないんですよ。
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