デザイン・マイアミ/バーセル インタビュー (2/2)
今回のインタビューは前回の白井良邦氏による世界で最もハイエンドなデザイン・フェア<デザイン•マイアミ/バーセル>に出展した「日本の30代の若手建築家5組が、メキシコシティに架空の”空想現代美術館”を構想する」に参加した建築家5組のインタビューです。
TNA
武井誠氏と鍋島千恵氏による建築グループ。武井氏は1974年、東京都生まれ。東京工業大学塚本由晴研究室研究生+アトリエ・ワン、手塚建築研究所を経て2004年にTNA設立。鍋島氏は1975年、神奈川県生まれ。日本大学生産工学部建築工学科を卒業後、武井氏と同様に手塚建築研究所を経てTNAを共同主宰。2007年、東京建築士会「住宅建築賞」、AR AWARD2007 COMMENDED受賞。2008年、Wallpaper Design Awards 2008 WINNER受賞。

LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
TNA:現地の敷地を実際に見学し、提案できたこと、デザインマイアミ・バーゼルに展示できたことは、とても刺激的でした。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
TNA:建築に携われば、全てのデザインに関係できると思ったからです。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
TNA:今までにない、新しい空間をつくることで、いろいろな人が感動したり、喜んでくれることです。

デザインマイアミにおけるTNAのプラン
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中村 拓志氏
NAP建築設計事務所代表取締役/1974年東京都生まれ。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所、主任技師を経て2002年NAP建築設計事務所設立。主な作品「LANVIN BOUTIQUE GINZA」、「Dancing trees, Singing birds」他。受賞歴 JCD Design Award 2006大賞、DETAIL Prize2007(plastic category)など。著作「恋する建築」(アスキー)。

Dancing trees, Singing birds
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
中村:自分の普段の活動を広く世界に問いかけてみたい。そんな思いを常々持っていましたが、今回のDesign Miamiはとても良い機会でした。建築は周囲の環境、クライアントの与件、プログラムの条件などを反映する複雑な事象ですが、今回の提案ではそこから僕の環境に対する考え方や建築への思想が立ち上がるものになったと考えています。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
中村:小学生のころ、自宅にあった建築図面集に夢中になり、そのころから建築家を目指していた。また、父が地域経済学を専門とする大学教授で、地域や社会に貢献できる専門職の素晴らしさを教えてくれました。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
中村:日常の気づきです。建築を身近なところから考えたいと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
中村:ひとつ例を挙げるとすれば、東京の密集市街地に建つ小さな住宅です。
敷地は三方建物に囲まれて、唯一の接道面が北側という不利な環境にありました。
ですから壁に窓を作るのではなく、大きなトップライトと吹き抜けによって採光を確保することとしました。
駐車場を設けてボリュームを立ち上げると、まだ少し建蔽率や容積率が余っていました。
そこで、建物の壁をぎりぎりまで押し出したところ、内部では雲のような、カンガルーのお腹のような不思議な壁が生まれ、それは小さなリビングに無限の奥行きをもたらしてくれました。
住まい手はこの壁に寝そべったり、座ったすることで、建物と身体的なコミュニケーションを自然ととることになります。
そうした日常に起きる行為の繰り返しが、この家と人の愛着を飛躍的に高めているのです。
このように、毎回それぞれの仕事が多くの気づきを与えてくれます。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
中村:建物が人を威圧するのでもなく、人が建物を利便性のみで評価するのでもない、新しい建築をつくりたい。そんな思想で公共的な建物を設計していきたいと思います。

デザインマイアミにおける中村氏のプラン
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平田 晃久氏
1971年、大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、伊東豊雄建築設計事務所を経て2005年に平田晃久建築設計事務所を設立。SDレビュー2004朝倉賞、第19回2007年JIA新人賞受賞など多数の賞を受賞し、注目を集めている。

LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
平田:建築畑とは異なる、でも良質なオーディエンスのダイレクトな反応が聞けて、刺激になりました。設計期間が短くて大変でしたが、忘れがたく楽しい思い出になりそうです。
LOAPS:建築を始めたきっかけは何ですか?
平田:よく思い出せないのですが、多分、現状の建築に違和感を感じていたから。もっと生命とか自然に近い世界をつくりたかったのだと思います。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
平田:世界の構成原理のようなものを感じさせてくれるもの全て。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
平田:まだ独立後にたくさんの建物を手がけたわけではありませんが、たとえば桝屋本店(新潟に立つ農作業器具のショールーム)のように、中を歩くと次々と違った奥行きがあらわれるような動的な魅力を持った場所に興味があります。独立以前は伊東豊雄さんの事務所で働いていました。表参道のトッズビルなど、たくさんのプロジェクトにかかわらせていただきました。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
平田:立体物としての建築空間の可能性には、まだまだ未開拓の領域があると思います。まだ見たことがないような、でも説得力のある空間をつくっていけたら幸せです。

平田氏によるデザインマイアミでのプラン
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藤本 壮介氏
1971年 北海道生まれ。1994年 東京大学工学部建築学科卒業。2000年 藤本壮介建築設計事務所設立。京都大学・東京理科大学・昭和女子大学非常勤講師。日本建築大賞、AR AWARD大賞(英)をはじめ国内外で多数受賞。

House N
All rights reserved by Daici Ano
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
藤本:今回のプロジェクトでは、僕自身が5人の若い建築家のひとりとして美術館のプロジェクトをプレゼンするのに加えて、それらを展示する会場計画もやらせてもらっています。会場計画といっても、たんなるブースデザインでは面白くないと思い、それ自体が未来の住宅のプロトタイプであるような家を原寸大で作って、その家の中で展示を行うという方法を取りました。ですので、美術館とこのパヴィリオンとの2つの建物を設計したことになります。パヴィリオンは、シンプルで奇妙な建物です。アクリルでできた透明な家に、たくさんの樹木が、植わっています。庭をまとった家という感じです。家の中から見ると、自分の周りに樹木が浮遊していて、それらの浮かんだたくさんの樹木によって、自分の場所が囲い取られている、そういう楽しい場所です。
美術館の提案も、雲のような人工物によって、領域が作られていて、その曖昧な領域の中に、自然の樹木もあり、アートもあり、いろいろなものが混在しています。どちらも、自然物と人工物の新しい関係、新しい融合のしかたを模索しているものです。そういう試みの中から、未来の建築が生まれてくるのではないかと思います。
今回は、実際に現地でパヴィリオンを立ち上げ、会期中は会場で応対をしていました。Desgin Miamiの独特の雰囲気も楽しめましたし、非常に好評に受け取られていたと思います。会場にあるたくさんのブースやパヴィリオンの中でも僕たちのものはかなり独特で、異彩を放っていたと思います。これが僕たちにとって最初の海外でのプロジェクトとなりました。現在は、中国でも大きな住宅や都市をつくるというプロジェクトにかかわっています。また最近は、ほぼ毎月海外でレクチャーや審査などに呼ばれています。それらの活動から刺激を受けて、また新しい建築を作り出していきたいと思っています。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
藤本:特別なきっかけがあったわけではありません。専門として建築を選ぶ以前には、単純にものを作るということと、物理学、数学のような、新しい視点を生み出すことで、世界の見え方を変えてしまうようなことに憧れていました。それらが混ざり合って、建築という選択をしたのだと思います。建築というのは、ものを作るということと、新しい概念を作り出すということ、新しい視点を作り出すということにおいて、そういう興味とつながっていたのだと思います。ですので、建築を選んだ後には、すごく自然にのめりこんでいくことができました。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
藤本:何でしょう。こういってしまうと身も蓋もないですが、世界の成り立ちと、人間と世界の関係の仕方に興味があります。世界の成り立ちといっても、「この世界」の成り立ちではなくて、「ある世界」の成り立ちというべきでしょうか。
もうちょっと具体的には、
場所であること。
人々がその中でうごめくということ。
内と外ということ。あるいは内でも外でもないということ。
形式と体験ということ。
建築が作り出す風景ということ。
つまり最も基本的なところに遡って考えを始めます。
先ほどの答えの中にもありますが、物理学のさまざまな考え方、世界の体系付けかた。生物の神秘、今まで見てきたさまざまな風景。今まで見たことのない無限の風景。ある言葉。ある文章。音楽ということ。つまりあらゆるものの影響を受けていきたいと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
藤本:いくつかの住宅、それから、精神医療施設をいくつも手掛けています。精神医療施設というと、非常に特殊な建築と思われるかもしれませんが、むしろ、人が住むための家であり、同時に大勢の人が共有で都市でもあるような、そんな根源的な場所だといえると思います。僕が建築を設計するときには、それが住宅であれば、住宅を超えたものを、精神医療施設であれば精神医療施設にとどまらないもっと広い提案であるものを模索しています。
最近熊本県に小さなバンガローが竣工しました。これは一般の方が予約して宿泊できる施設なので、興味のある方はぜひ。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
新しい建築を作っていきたいと思います。新しい建築というのは、単に物珍しいものということではなく、新しい生活、新しい日常を切り開いてくれるような、楽しい可能性に満ちたものであると思います。ですのでそれは住宅にとどまらず、たとえば図書館であったり(いま武蔵野美術大学の図書館を設計しています)もっと大きな都市的なものであったりしてもよいと思います。そんな世界の新しい可能性を切り開いていきたいと思っています。
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MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO
原田真宏氏は1973年、静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学専攻総代終了後、隈研吾建築都市設計事務所を経て、2004年に原田麻魚と共「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立。原田麻魚氏は1976年、神奈川県生まれ。第7回ブカレスト建築ビエンナーレやリスボン建築トリエンナーレなどの国際展にも出展する。

SAKURA

XXXX house
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
MF:実現性の曖昧なプロジェクトでね、「逆に」というか、「だから」というか、楽しかったですよ。いつも僕らは、コンセプトワークとか、今回出展している仲間の建築家たちみたいにどんどんやりたいな、とは思っているんですが、なかなかいつも抱えている実作のデザインに追われてそんな機会を持てない。単に怠け者なんだという意見もありますが(笑)。でも、旅もしたいし、山も登りたいし、たくさん寝たいし。。いや、ホントに怠け者ですね。反省しています。
で、こんな怠け者が、コンセプトワークをやるなんて言う機会は今回のカサブルータスの様な話しが無ければあり得ないわけです。現在の自分の興味がデザインとして整理できたのは収穫です。アートバーゼルと時期の重なる展覧会であった事も良かったですね。いつもの建築界で閉じた雰囲気が希薄なのが僕としては呼吸し易くて。つまり、より広範な文化全体に直接自分が接しているような感覚でしょうか。こんな環境であれば、実現しない可能性が高かろうとも、ビジョンを示す意義があるかなと、この怠け者も思うわけです。実際、アート関係者からの反応がいくつもあって。こういうのは嬉しいですよね。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
MF:はっきりとは思い当たりませんが,「船」への憧れは大きかったかと思います。父が船舶の設計者だったのですが、あの船舶の自然環境と人間の要求との妥協のない釣合が生み出す、純粋で優美な形状に魅せられていました。こんなに船は美しいのに、なんで地上の街並はこんなにきたないんだろう、という怒りにも似た感情が建築へ向かう動機になったのではないかと思っています。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
MF:上述の「船」。それから、自分と自分のデザインをジャッジする視点として13〜14歳の頃の自分。絶対的に素人で、そして世の中一般の人文的世界観を完全に外から眺めていました。今も建築の設計をする際、人文学的合理性のフレームに囚われず、かつそこに建築の根拠を求めず、自然科学的合理性に基づいて建築の設計をしようと心がけていますが、そのジャッジのもっとも信頼できる視点だと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
MF:これまでの作品を通して、今のところ十数人の信頼できる職人や作り手と強いネットワークを築いています。私は「原田コレクション」と勝手に呼んでいるのですが(笑)。実際にモノに触り、実体化していく「手」は、デザインと同等に大切です。職人以外では、都内で仕事のできる、信頼できる現場監督と出会いたいですね。地方では何人かの現場監督が「原田コレクション」に入っているのですが(笑)。現在(2008年8月)、2物件ほど計画段階からある現場監督(O寺さん)にプロジェクトに入ってもらっているのですが、この人は信頼できそうです。モノ作りの才能や先読みの能力はもちろんの事、主体性と責任感が現場監督の必須の能力ですが、この人は凄いですね。
これから家を造る人にアドバイスがあるとすれば、以下の事です。
建築家だけ良くても良い建築にはなりません。良い現場監督、そして、良い工務店を見つける事が重要です。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
MF:どうでしょう? 旅をして、山に登って、たくさん寝て。。それから、人に「そこに居たい」と願われる力を持ったモノを作り続けていきたいですね。きっと、それが「建築」と呼ばれ、その結果、私は「建築家」と呼ばれていくんだと思います。「建築家」が「建築」を作って、そこに「人間」が入るという一般的な図式の反対側から僕は活動していくんでしょう。それは積極的な意味で「しょうがない」、ことなんですよ。
デザインマイアミにおけるMOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOのプラン
TNA
武井誠氏と鍋島千恵氏による建築グループ。武井氏は1974年、東京都生まれ。東京工業大学塚本由晴研究室研究生+アトリエ・ワン、手塚建築研究所を経て2004年にTNA設立。鍋島氏は1975年、神奈川県生まれ。日本大学生産工学部建築工学科を卒業後、武井氏と同様に手塚建築研究所を経てTNAを共同主宰。2007年、東京建築士会「住宅建築賞」、AR AWARD2007 COMMENDED受賞。2008年、Wallpaper Design Awards 2008 WINNER受賞。

LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
TNA:現地の敷地を実際に見学し、提案できたこと、デザインマイアミ・バーゼルに展示できたことは、とても刺激的でした。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
TNA:建築に携われば、全てのデザインに関係できると思ったからです。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
TNA:今までにない、新しい空間をつくることで、いろいろな人が感動したり、喜んでくれることです。

デザインマイアミにおけるTNAのプラン
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中村 拓志氏
NAP建築設計事務所代表取締役/1974年東京都生まれ。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所、主任技師を経て2002年NAP建築設計事務所設立。主な作品「LANVIN BOUTIQUE GINZA」、「Dancing trees, Singing birds」他。受賞歴 JCD Design Award 2006大賞、DETAIL Prize2007(plastic category)など。著作「恋する建築」(アスキー)。

Dancing trees, Singing birds
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
中村:自分の普段の活動を広く世界に問いかけてみたい。そんな思いを常々持っていましたが、今回のDesign Miamiはとても良い機会でした。建築は周囲の環境、クライアントの与件、プログラムの条件などを反映する複雑な事象ですが、今回の提案ではそこから僕の環境に対する考え方や建築への思想が立ち上がるものになったと考えています。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
中村:小学生のころ、自宅にあった建築図面集に夢中になり、そのころから建築家を目指していた。また、父が地域経済学を専門とする大学教授で、地域や社会に貢献できる専門職の素晴らしさを教えてくれました。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
中村:日常の気づきです。建築を身近なところから考えたいと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
中村:ひとつ例を挙げるとすれば、東京の密集市街地に建つ小さな住宅です。
敷地は三方建物に囲まれて、唯一の接道面が北側という不利な環境にありました。
ですから壁に窓を作るのではなく、大きなトップライトと吹き抜けによって採光を確保することとしました。
駐車場を設けてボリュームを立ち上げると、まだ少し建蔽率や容積率が余っていました。
そこで、建物の壁をぎりぎりまで押し出したところ、内部では雲のような、カンガルーのお腹のような不思議な壁が生まれ、それは小さなリビングに無限の奥行きをもたらしてくれました。
住まい手はこの壁に寝そべったり、座ったすることで、建物と身体的なコミュニケーションを自然ととることになります。
そうした日常に起きる行為の繰り返しが、この家と人の愛着を飛躍的に高めているのです。
このように、毎回それぞれの仕事が多くの気づきを与えてくれます。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
中村:建物が人を威圧するのでもなく、人が建物を利便性のみで評価するのでもない、新しい建築をつくりたい。そんな思想で公共的な建物を設計していきたいと思います。

デザインマイアミにおける中村氏のプラン
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平田 晃久氏
1971年、大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、伊東豊雄建築設計事務所を経て2005年に平田晃久建築設計事務所を設立。SDレビュー2004朝倉賞、第19回2007年JIA新人賞受賞など多数の賞を受賞し、注目を集めている。

LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
平田:建築畑とは異なる、でも良質なオーディエンスのダイレクトな反応が聞けて、刺激になりました。設計期間が短くて大変でしたが、忘れがたく楽しい思い出になりそうです。
LOAPS:建築を始めたきっかけは何ですか?
平田:よく思い出せないのですが、多分、現状の建築に違和感を感じていたから。もっと生命とか自然に近い世界をつくりたかったのだと思います。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
平田:世界の構成原理のようなものを感じさせてくれるもの全て。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
平田:まだ独立後にたくさんの建物を手がけたわけではありませんが、たとえば桝屋本店(新潟に立つ農作業器具のショールーム)のように、中を歩くと次々と違った奥行きがあらわれるような動的な魅力を持った場所に興味があります。独立以前は伊東豊雄さんの事務所で働いていました。表参道のトッズビルなど、たくさんのプロジェクトにかかわらせていただきました。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
平田:立体物としての建築空間の可能性には、まだまだ未開拓の領域があると思います。まだ見たことがないような、でも説得力のある空間をつくっていけたら幸せです。

平田氏によるデザインマイアミでのプラン
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藤本 壮介氏
1971年 北海道生まれ。1994年 東京大学工学部建築学科卒業。2000年 藤本壮介建築設計事務所設立。京都大学・東京理科大学・昭和女子大学非常勤講師。日本建築大賞、AR AWARD大賞(英)をはじめ国内外で多数受賞。

House N
All rights reserved by Daici Ano
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
藤本:今回のプロジェクトでは、僕自身が5人の若い建築家のひとりとして美術館のプロジェクトをプレゼンするのに加えて、それらを展示する会場計画もやらせてもらっています。会場計画といっても、たんなるブースデザインでは面白くないと思い、それ自体が未来の住宅のプロトタイプであるような家を原寸大で作って、その家の中で展示を行うという方法を取りました。ですので、美術館とこのパヴィリオンとの2つの建物を設計したことになります。パヴィリオンは、シンプルで奇妙な建物です。アクリルでできた透明な家に、たくさんの樹木が、植わっています。庭をまとった家という感じです。家の中から見ると、自分の周りに樹木が浮遊していて、それらの浮かんだたくさんの樹木によって、自分の場所が囲い取られている、そういう楽しい場所です。
美術館の提案も、雲のような人工物によって、領域が作られていて、その曖昧な領域の中に、自然の樹木もあり、アートもあり、いろいろなものが混在しています。どちらも、自然物と人工物の新しい関係、新しい融合のしかたを模索しているものです。そういう試みの中から、未来の建築が生まれてくるのではないかと思います。
今回は、実際に現地でパヴィリオンを立ち上げ、会期中は会場で応対をしていました。Desgin Miamiの独特の雰囲気も楽しめましたし、非常に好評に受け取られていたと思います。会場にあるたくさんのブースやパヴィリオンの中でも僕たちのものはかなり独特で、異彩を放っていたと思います。これが僕たちにとって最初の海外でのプロジェクトとなりました。現在は、中国でも大きな住宅や都市をつくるというプロジェクトにかかわっています。また最近は、ほぼ毎月海外でレクチャーや審査などに呼ばれています。それらの活動から刺激を受けて、また新しい建築を作り出していきたいと思っています。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
藤本:特別なきっかけがあったわけではありません。専門として建築を選ぶ以前には、単純にものを作るということと、物理学、数学のような、新しい視点を生み出すことで、世界の見え方を変えてしまうようなことに憧れていました。それらが混ざり合って、建築という選択をしたのだと思います。建築というのは、ものを作るということと、新しい概念を作り出すということ、新しい視点を作り出すということにおいて、そういう興味とつながっていたのだと思います。ですので、建築を選んだ後には、すごく自然にのめりこんでいくことができました。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
藤本:何でしょう。こういってしまうと身も蓋もないですが、世界の成り立ちと、人間と世界の関係の仕方に興味があります。世界の成り立ちといっても、「この世界」の成り立ちではなくて、「ある世界」の成り立ちというべきでしょうか。
もうちょっと具体的には、
場所であること。
人々がその中でうごめくということ。
内と外ということ。あるいは内でも外でもないということ。
形式と体験ということ。
建築が作り出す風景ということ。
つまり最も基本的なところに遡って考えを始めます。
先ほどの答えの中にもありますが、物理学のさまざまな考え方、世界の体系付けかた。生物の神秘、今まで見てきたさまざまな風景。今まで見たことのない無限の風景。ある言葉。ある文章。音楽ということ。つまりあらゆるものの影響を受けていきたいと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
藤本:いくつかの住宅、それから、精神医療施設をいくつも手掛けています。精神医療施設というと、非常に特殊な建築と思われるかもしれませんが、むしろ、人が住むための家であり、同時に大勢の人が共有で都市でもあるような、そんな根源的な場所だといえると思います。僕が建築を設計するときには、それが住宅であれば、住宅を超えたものを、精神医療施設であれば精神医療施設にとどまらないもっと広い提案であるものを模索しています。
最近熊本県に小さなバンガローが竣工しました。これは一般の方が予約して宿泊できる施設なので、興味のある方はぜひ。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
新しい建築を作っていきたいと思います。新しい建築というのは、単に物珍しいものということではなく、新しい生活、新しい日常を切り開いてくれるような、楽しい可能性に満ちたものであると思います。ですのでそれは住宅にとどまらず、たとえば図書館であったり(いま武蔵野美術大学の図書館を設計しています)もっと大きな都市的なものであったりしてもよいと思います。そんな世界の新しい可能性を切り開いていきたいと思っています。
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MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO
原田真宏氏は1973年、静岡県生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学専攻総代終了後、隈研吾建築都市設計事務所を経て、2004年に原田麻魚と共「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」を設立。原田麻魚氏は1976年、神奈川県生まれ。第7回ブカレスト建築ビエンナーレやリスボン建築トリエンナーレなどの国際展にも出展する。

SAKURA

XXXX house
LOAPS:今回のDesign Miamiでのプロジェクトに参加してみてどうでしたか?
MF:実現性の曖昧なプロジェクトでね、「逆に」というか、「だから」というか、楽しかったですよ。いつも僕らは、コンセプトワークとか、今回出展している仲間の建築家たちみたいにどんどんやりたいな、とは思っているんですが、なかなかいつも抱えている実作のデザインに追われてそんな機会を持てない。単に怠け者なんだという意見もありますが(笑)。でも、旅もしたいし、山も登りたいし、たくさん寝たいし。。いや、ホントに怠け者ですね。反省しています。
で、こんな怠け者が、コンセプトワークをやるなんて言う機会は今回のカサブルータスの様な話しが無ければあり得ないわけです。現在の自分の興味がデザインとして整理できたのは収穫です。アートバーゼルと時期の重なる展覧会であった事も良かったですね。いつもの建築界で閉じた雰囲気が希薄なのが僕としては呼吸し易くて。つまり、より広範な文化全体に直接自分が接しているような感覚でしょうか。こんな環境であれば、実現しない可能性が高かろうとも、ビジョンを示す意義があるかなと、この怠け者も思うわけです。実際、アート関係者からの反応がいくつもあって。こういうのは嬉しいですよね。
LOAPS:そもそも建築を始めたきっかけは何ですか?
MF:はっきりとは思い当たりませんが,「船」への憧れは大きかったかと思います。父が船舶の設計者だったのですが、あの船舶の自然環境と人間の要求との妥協のない釣合が生み出す、純粋で優美な形状に魅せられていました。こんなに船は美しいのに、なんで地上の街並はこんなにきたないんだろう、という怒りにも似た感情が建築へ向かう動機になったのではないかと思っています。
LOAPS:建物を構想する上で、自分に最も影響を与えているものは何だと思いますか?
MF:上述の「船」。それから、自分と自分のデザインをジャッジする視点として13〜14歳の頃の自分。絶対的に素人で、そして世の中一般の人文的世界観を完全に外から眺めていました。今も建築の設計をする際、人文学的合理性のフレームに囚われず、かつそこに建築の根拠を求めず、自然科学的合理性に基づいて建築の設計をしようと心がけていますが、そのジャッジのもっとも信頼できる視点だと思っています。
LOAPS:過去に手掛けた建築物、一緒に仕事をした人の事について教えて下さい。
MF:これまでの作品を通して、今のところ十数人の信頼できる職人や作り手と強いネットワークを築いています。私は「原田コレクション」と勝手に呼んでいるのですが(笑)。実際にモノに触り、実体化していく「手」は、デザインと同等に大切です。職人以外では、都内で仕事のできる、信頼できる現場監督と出会いたいですね。地方では何人かの現場監督が「原田コレクション」に入っているのですが(笑)。現在(2008年8月)、2物件ほど計画段階からある現場監督(O寺さん)にプロジェクトに入ってもらっているのですが、この人は信頼できそうです。モノ作りの才能や先読みの能力はもちろんの事、主体性と責任感が現場監督の必須の能力ですが、この人は凄いですね。
これから家を造る人にアドバイスがあるとすれば、以下の事です。
建築家だけ良くても良い建築にはなりません。良い現場監督、そして、良い工務店を見つける事が重要です。
LOAPS:これからどのような活動をしていこうとお考えですか?
MF:どうでしょう? 旅をして、山に登って、たくさん寝て。。それから、人に「そこに居たい」と願われる力を持ったモノを作り続けていきたいですね。きっと、それが「建築」と呼ばれ、その結果、私は「建築家」と呼ばれていくんだと思います。「建築家」が「建築」を作って、そこに「人間」が入るという一般的な図式の反対側から僕は活動していくんでしょう。それは積極的な意味で「しょうがない」、ことなんですよ。
デザインマイアミにおけるMOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOのプラン
| 長谷川祐子(キュレーター) |
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