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SPECIAL INTERVIEW No.005 
杉本博司氏  インタビュー (2/2) 




LOAPS:杉本さんは最近、建築家を宣言されましたよね?

あれは「Casa BRUTUS」が勝手に面白く書いたんですよ(笑)。私の建築の仕事というのは、正確には気がついたら建築の仕事をしていたということです。というのも年に2、3回は大きな美術館などで個展をやるんですよ。世界の著名美術館になると、よく流行の有名建築家が手がけているのですが、去年等は※ダニエル・リベスキンドの設計したトロントの美術館のこけら落としとして自分の個展があったのですが、このリベスキンドというのは世界でも最も過激な建築家で、真っ直ぐの壁や天井がないんです。結局自分の作品を展示するには自分で壁とかを設計しないといけないんですよ。そんな感じで場数を踏んでいったら、いつの間にか自然と建築をやっていたという事なんです。
そうこうしているうちに、※直島の護王神社というのを一軒まるまるやったりしたのですが、これなら自分でも独学でもう出来るんじゃないかと思ったんです。平面図書いて展開図書いて天井伏図とか、見よう見まねでやっているうちにコツを覚えたんです。
そしたら、いろいろな人から設計を頼まれる様になってしまって、三島の写真美術館とかを設計するようになったんです。
大型の建築物になると三島の美術館などは鹿島建設とか大手ゼネコンが施工するのですが、そこの設計業務をやるという事になったのはいいのですが、会社法人になっていないと取り引き出来ないといわれて、仕方がないので会社組織を立ち上げました。で、会社の名前をどうしようかと考えまして、建築だけでなく、出版からなにからいろいろと出来るようにと、(金沢の展覧会のカタログも作ったのですが、)さらに大きい会社なのか小さい会社なのかも分からない名前として「新素材研究所」という名前にしました。

私のいう新素材というのは、漆喰を使ったり、光学ガラスを使ったりとある意味、古い死んでしまった素材を今に復活させようしているのです。結局、一番古いことをやるのが一番新しいという事で様々な素材を研究してるんです。
瓦も特注で焼いたり、基本的に既製品はほとんど使いません。既製品も使いたいのですが、あまりに質が悪いので、使えないんですよ。今のギトギトに光っている瓦とか使いたくないんですよ。

それと、小田原に2012年を目標に杉本文化財団というのを計画・設計しています。今までやってきた自分の全ての仕事を建築に結実させようと、約5000坪程の敷地に美術館というか、ランドアート的な、地球規模、宇宙規模の実験をする施設を作っているんです。
ですから太陽が昇る角度から、星の運行などそういったもの全てを含めて、建築とどう呼応していくかという事をやりたいんですよ。


現在製作中の杉本文化財団の模型

LOAPS:まるでピラミッドから現代までの建築の歴史的なものを感じますね。

そう、古墳みたいなものもありますし、海に面しているのですが、冬至の日に日が昇ると、一年のうち一日だけ、建物の最深部まで日が差し込むのです。冬の日照時間が一番短くなる日というのは日光の一番弱くなる日であり、それは太陽の死を啓示し、さらにその日から太陽が徐々に再生していくという意味が本来あるんですね。その祝祭的な瞬間に地下室にある演劇的空間で死と再生の儀式としての古代劇の再現を行う予定なんですよ。クリスマスや正月など世界中で行われている儀式を本来の形で、忘れ去られた人間の最も大切な儀式の再生を行うのです。現代のクリスマスや正月などはある意味、後付けの行事なんですよ。
本来、社会が依ってたつ基盤であり、人類の意識、言葉の発生、そして「時間」の発生であり、昔いかに人間が真剣に生きてきたのかということを思い出した方がいいのではないかと思っているんです。「古代では当たり前だったことをもう一回思い出そうよ」という事なんです。

本居宣長がけっこう同じ様な事を江戸中期にいっているんですね。日本の大和心というのがなんなのか?では唐心という中国からの輸入品を除いた時、本来日本人が持っていた大和心が何であるかという事を考えていたんです。私は本居宣長の考えを人類史に置き換えて考え直し、21世紀の本居宣長にでもなろうかなと思っているんです。



LOAPS:若い頃にアメリカに渡り、アーティストになられましたが
いろいろと成り行きでこうなってしまったというのがありますね。アートをやるんだという大志をもったという事はないんですけどね。正直好きな事をやり続けたという事はありますね。ただアメリカに行って出来ない事がクリアになったという事があります。アートの学校を卒業してNYに出たとたん厳しい現実にさらされましたからね。
一般的に考えれば、ファッションやコマーシャルの写真でいくのが、NYで写真をやって生きていくうえで、順当だろうという気持ちでいたのですが、ファッション写真とかのアシスタントをすると1、2日で自分がその世界に向いていないのが分かるんですよ。モデルの子とかと「仲良く、和やかに、場持ちよく」やっていくのが自分には無理だとすぐに分かったんですよ。それでコマーシャル写真の商品の写真撮りなどならまだやっていけるんじゃないかと、次のアシスタントをするのですが、これもまた自分に全く合ってないのですよ。広告代理店の人やクライアントが来ていろいろと細かく言われるのも全く性に合わなかったのです(笑)。

人に何もいわれないで写真を続けたいと思った結果、アートしかなかったんです。そこで現代美術というものに気がついたのです。この芸術家という職業が、案外、世の中で尊敬される職種らしかったので、だったらこれでいこう。これならやっていけると思ったんです。ところが、芸術のメインストリームであった絵描きというのはそれこそ山の様にいるし、絵描きをやって出て行くのは本当に難しいという事からも、自分がいままでやってきた写真でやっていこうと思ったんですね。

当時はまだ写真はアートではないといわれるような時代でしたが、よく考えれば、写真の持つ能力というのが、プロモーション次第でいかに素晴らしいメディアかというという事を証明できるはずだと思ったんです。そこで現代美術という舞台の中で出ていく人生全体のプログラムをその時に計画していったんです。あとは計画に従って地道にコツコツやっていったんですよ。

つまり、自分が一番何をやりたいのか?その上で出来る事、出来ない事をハッキリさせる事が重要ですね。そうすれば、自動的に取捨選択されて自分にあった道がひらけると思います。好きな事をやるという事で、私は今までくたびれずにずっとコンスタントに作品を作り続ける事が出来たんです。



LOAPS:杉本さんがNYに出られた頃というのはNYが最も華やかだった時代の一つでもありますよね。どのような出会いがありましたか?

所謂スターアーティストというのも沢山会ってきましたね。でも、実際に付き合ってみると、普通の兄ちゃんなわけですよ。デミアンハーストなんて15、6年前からの知り合いですが、その頃は本当に大酒飲みの本当にどうしようもない奴でしたよ。ほとんどアル中ですよ。でも今では改心して禁酒しちゃいましたけどね。でも禁酒したとたん作品がつまらなくなってしまったんですよね。良し悪しはあるけど、成功すると人間が変になってしまう事がよくありますね。

それとSOHOで骨董屋やっていた事があったのですが、いろいろなアーティストと出会いました。アーティスト同士ではなく、お客とディーラーとして会っていたのですが、ドナルド・ジャッドやダン・フレビンとかいろいろと有名アーティストのお客がいて面白かったです。ジャッドは根来が好きだったりして、ジャッドはジャッド向けの物を私が探してくるんですね。フレビンは変わった焼き物が好きだったですね。それでついでに自分の作品を見せる事もあったりして、勿論、画廊を紹介してくれなんて云わなかったですけどね(笑)。まぁ、既に当時ソナベンドという画廊に所属していたので、みんな私がアーティストもやっている事は知っていましたね。


模型を製作中の杉本氏

LOAPS:ずっとひたすら同じテーマで作品を作り続けてらっしゃいますね。また作品の人気の方も流行に流されず年々高くなっていられるように思います。

そうですね。村上隆のような爆発的に評価が上がる事はなかったですね。ずっとジワジワジワっとゆっくりと浸透していく感じですね。
今、100年に一度の大不況なんて云われてますが、こういったものは来るべくして来た訳でして、アート業界においては増えすぎた粗製濫造のようなアーティスト達を一度奇麗に消えてもらう、アートにおける禊(みそぎ)の時期に来たんだと思いますね。こういう禊というのは歴史においては定期的に必然としてあるんです。禊を越えられるか?歴史が求めてくるのだと思います。

一度世の中が奇麗になりますから、これから頑張っていこうと云う若いアーティストなんかは、奇麗になった中で気持ちよく登場できると思いますよ。
厳しい時代に厳しい目を通してしか出てこれないというのは、本来当たり前のことなんですよ。むしろそういった厳しい環境の中で生き残る方がずっと価値があるんです。

LOAPS:LOAPSに登録しているアーティストの多くが、これからアートの世界で頑張っていこうと考えています。是非、メッセージをお願いします。

私はさっきも云いましたが、20代で作ったプログラムを実行しているだけなんです。やはり30前に人生の大枠というのを設計してやっていく事が私のお薦めです。若いうちでないと本当の閃きというか啓示というのはないと思います。20代の柔軟な時期に人生を決めろ!という事です。


※ダニエル・リベスキンド:ポーランド生まれのアメリカ人。グラウンド・ゼロ跡地の再建設のコンペに当選するなど近年もっとも評価の高い建築家の一人。
※直島の護王神社:江戸時代から祀られている香川県・直島の護王神社の改築にあわせ、本殿と拝殿の建物、また拝殿の地下の石室を杉本博司氏が設計した。
ベネッセアートサイト:http://www.naoshima-is.co.jp/index.html





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