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Makoto Morimura/ 森村 誠さんのダイアリー
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最新ダイアリー
2009/10/11 (12:15 am)
森村 誠・個展「Dear Thomas」のお知らせです。
 皆様、こんにちは。
 森村 誠です。
 木々の葉が少しずつ色づいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか。
 森村 誠・個展「Dear Thomas」のお知らせです。

 展覧会: 森村誠・個展「Dear Thomas」
 展覧会期: 2009年10月23日(金)〜11月28日(土)
 Open: 水曜〜土曜 ・ 12:00 〜 17:00
 展覧会場:TOKIO OUT of PLACE http://www.outofplace.jp
東京都港区南麻布4-14-2 麻布大野ビル3F

 関連イベント: 10月23日(金)18:30〜 オープニングレセプション 入場無料

 ぜひぜひお越し下さいませ。


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『2006年作家の元に誤って届いた1通のメール、宛名はThomasとなっていた。そこから架空の人物Thomasを探し出す旅が始まった。』


展示作品

・ドローイング:ポートレイト(ケント紙に修正液)約10点、GoogleでThomasを画像検索してでて来た不特定多数のトーマスを修正液でもう一度ポートレイト作品にしたもの

・地図(展覧会マップ 修正液)5〜6点

・雑誌(アート系雑誌 修正液)5〜6点

※上記2つは、既成の印刷物に印字されたアルファベットからT,H,O,M,A,Sだけ残した作品

・セルフポートレイト(辞書 修正液)1点 立体作品を設置展示

・映像作品 インタビュー「トーマスを知っていますか?」(仮題):約30人の人達に「トーマスという人を知りませんか?」と問いかけたビデオ作品

・サウンド作品 実況録音「トーマスを探して下さい」(仮題):このサウンド作品は、作家自身が実際にいくつもの興信所を訪ね歩き、探偵に「トーマスを探して下さい」と人探しをまじめに依頼する場面を実況録音したもの。 



関連イベント

10月22日(木)内覧会 招待状持参の方のみ、10月23日(金)午後6時30分〜 アーティストトーク、レセプションパーティーを開催します(参加無料)





 世界に意味を与える意志

 私たちは生まれ育った環境や、その中で手にした書物、眼にした映像などを通して自分の世界観を形成していく。その中で、世界に在る様々な「もの(物、者)」に、そしてその「もの」と「もの」との関係に意味を付与していく。その意味の総体、意味の体系を文化と呼ぶならば、個々の世界観は個人の文化だと言えるし、共有できる意味の広がりが、より大きな単位での文化を成立させてもいる。

 かつてはその意味を強制することで、民族や人種の違いを強調し、様々な過酷な状況が現出したりもしたが、今では「グローバリズム」の名の下に、意味の違いは薄められ、世界市民として共有すべき意味の体系が世界中を覆うという傾向の方がより強まっていると言えるだろう。我々はみな、大きな世界共同体の構成員として在ることを期待されているわけである。しかしその一方で、壮大で支配的な世界市民としての意味の体系の中に身の置き所のない私たちも同時に存在している。そんな私たちの個人的でしみったれた何ものかは、世代や趣味、嗜好による小さな文化的まとまりを形成し、その小さなまとまりの中で、そこでしか共有されない「言語」「感覚」のみに依存し、閉じていく。
表面的な多様性が保証されることで無数の蛸壺の中に籠もり、外部との交感を不必要なものとして切り捨てる私たちがそこにはいる。家路に向かう通勤電車の中で携帯メールを打ち続ける彼女、携帯ゲーム機に向き合う彼。その隣に他人の私が座っていても、そこには関係の可能性は何ら開かれてはいない。関係に意味が与えられないならば、彼らにとって私は存在しない・・・。
 
 偶然に森村誠の元に届いた誤送信されてきた電子メール。その宛名のThomasを森村は捜そうと試み、彼(彼女)の存在を様々な形で想像していく。《Thomasを探して》で、森村は何のためにThomasを捜し、その姿を想像しようとしたのか。親切心から?好奇心から?おそらくはそんなことはどうでも良くて、既存の関係性から逸脱して、自分が何ものかとの関係を自らの意志で築こうと試みることをこのアーティストは欲し、それを視覚化しようとしたのだろう。その何ものかが、実体のあるも のであろうとなかろうと。

 電車の中でメールを打つ彼女の隣に座った他人の私は、彼女にとって何の意味も持たない存在として彼女の文化の中では位置づけられる。森村の作品は、冷たく拒絶するそうした文化の壁を、ユーモアと献身的な身振りで組み換えようとするもののように見える。そしてその行為を通じて、森村は世界に意味を与える主体であろうとしつづけているようだ。パリの地図の中にThomasを見いだすこと、辞書の中にThomasを見いだすことは、私たちが囚われている枠組みから抜け出、自らが世界の意味を組み替える主体となること夢想させてくれる。

神野真吾(千葉大学准教授/現代芸術論)





※全文提供: TOKIO OUT of PLACE

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